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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
第十三章名無しの王女
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□月星暦一五三六年二月③〈噂話〉

 クッションもない座面の白木の椅子に座らされたイディールの前には、節だらけの白木の丸テーブル。その上に乱暴に運ばれてきた食事は粗末なものだった。

 パンはぼそぼそしており、スープも塩辛いばかりで具も殆ど浮いていない。

 正直、喉を通らなかった。


「美味しくないわ」

「丸一日口にしてないのです。無理にでも食べてください。外の食事なんて、こんなものですよ。慣れないと生きていけません」

「……」


 仕方なくもそもそと口を動かしていると、少し離れた席で酒を飲む二人連れの男たちの声が聞こえてきた。

 空いた店内に男たちの声はよく通る。


「おい、ジェダイトの話は聞いたか?」

「ああ。ひどい有様らしいな」

「アンブルの軍が破壊しまくったらしいじゃないか」

「聞いた、聞いた。王女も死んだってな」

「殺されちまったのかい?」

「いいや、自室で毒をあおったんだってさ。自殺だよ」

「まあ、囚われて酷い目にあうよりかはマシかもな」


「えっ……?」

 イディールは思わず顔を上げるが、向かいに座るカルゴが険しい顔で首を振った。


「そんな連中が東側も治めるんだろう。さぞかし東の奴らは恐ろしいだろうな」

「でも、ま、これ以上悪くもならんだろうよ。戦争は終わったんだ。徴兵がなくなっただけ、マシってもんよ」

「違いねぇ。庶民にとっちゃ、ぶっちゃけ王さまが誰だってかまわねーもんな。うまい酒と食事にありつけりゃ、なんでもいいさ」

「そりゃそうだ」

 そう言って笑う二人の男の声は耳障りで、イディールは顔をしかめた。


「出ましょう」

 カルゴは立ち上がり、イディールはその後をとぼとぼと付いていく。


 辺りは暗くなり、街灯には灯が灯されていた。

 振り返らず進む背中に、恐る恐るイディールは声をかけた。


「サラが残ったのは、私の代わりに死ぬためだったの?」


 カルゴの足が止まった。


「カルゴは、知っていたのね」

「戦果に酔った人間は凶暴です。敵方の姫君が残っていたとあらば、どんな辱めを受けるか分かったもんじゃありません」


 やけに淡々とした口調にイディールは苛立った。


「だからって、サラを犠牲にすることはないでしょう!?」

「サラが決めたことです!」


 吐き捨てるカルゴの声音は怒りを含んでいた。

 サラとカルゴは仲が良かった。遠い血縁者と聞いている。


「姫さま、いえ。あなたはもう姫さまでもイディールさまでもありません」

 振り返ったカルゴの剣幕にイディールは気圧された。

 ずいっ、と手渡されたのはサラの身分証明書。


「あなたはこれからサラ・ファイファーとして生きていくんです。彼女の分まで、彼女として!」


  ※※※


 その後の道中カルゴが口を開くことなく、イディールは街区神殿に連れて行かれた。


 暫く聖堂で待っているように言われ、カルゴは神官長と話をしてくると言って、対応してくれた神官に案内されていった。

 

 戻ってきたカルゴは、神殿とは話がつき、イディールはここで暫く厄介になることになったのだと言った。


「あなたはどうするの?」

 尋ねると、カルゴは声を潜めた。

「自分は一度ジェダイトへ様子を見てまいります。それまでここにいてください」

「戻って、来るのでしょう?」

 カルゴは何か言おうと口を開きかけたが、人がやってくる気配を察し、言いかけたのとは明らかに違う言葉を紡いだ。


「サラ、いい子でこちらの方々の言うことを聞くんだぞ」

「……はい」


 イディールか頷くと、カルゴは神官に宜しくと頭を下げて出ていってしまった。

 カルゴは振り返りもしなかった。


 神官は深い皺のある初老の女性だった。

「サラさんですね。わたしはこの街区神殿の神官長のメールです。お部屋にご案内しますね」


 聖堂を大扉から出て、聖堂脇の廊下を進む。

 廊下の反対側には集会場が並び、奥に住居区画がある基本的な構造の街区神殿なのが見て取れた。ジェダイトの中央神殿と間取りが似ている。


 連れて行かれた住居区画内の部屋は二人部屋だった。神官長のノックに、同室だという少女が出てきた。


「神官長さま、こんばんは。その人、新しい子?」

「サラさんというの。色々教えてあげてね」

「宜しく、サラ。わたしはアンナよ」

 栗色の髪を肩口で切り揃えたあまり見ない髪型の少女は、笑うと笑窪が出来た。


 部屋には、寝台と戸棚ロッカーと文机と椅子だけが左右対称に一組づつ置かれていた。


「あんたはこっち側ね」

 アンナに示された方の戸棚には、寝衣が一着入っているだけだ。

「これだけ?」

「神官服と靴は後で支給されるよ。下着とかは最初の授業で作らされる」

「作る?」

「そう、作る。最初の一組は支給されるけど、ここじゃ下着も靴下も必要なものは自分で作って揃えていくんだ」


 イディールは信じられない気持ちでアンナの言葉を聞いていた。

お読みいただきありがとうございます

メール:母

アンナ:親切

街区神殿参照

挿絵(By みてみん)

居住区画の奥は場所によって様々です。

イディールがたどり着いた神殿は郊外だけあって広大な敷地がありました。

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