□月星暦一五三六年二月②〈荷馬車〉
ジェダイトの街の中は突然の報せに、右往左往する人達でごった返していた。
イディールは避難する人でぎゅうぎゅうの荷馬車に、カルゴと二人押し込められた。
メランが乗る隙間は無かった。
メランはさっさと割り切り、イディールに荷袋を押し付け囁いた。
「姫様、気をお強く持つんですよ」
「メラン、あなたは?」
「次の馬車を拾います」
メランとはジェダイトを出る前に別れることになった。なんとなく、メランの言葉が嘘であることを察していた。
夕闇に紛れて出発した荷馬車は、ひたすら南へと向かった。少なくとも出発時は南に向かう街道を走っていた。
幌に覆われて、外が見えない為確認の仕様がない。
布地の隅からは隙間風が容赦なく手足を冷やした。
クッションも何も無い板張りの荷台に、足を抱えて座らされている為、身体が強張ってくる。
振動はお尻に直接響き、がんがんと頭までもが痛くなってきた。
吐かなかったのは褒めてほしいくらいだ。
密集した馬車の中は、嗅いだことのない匂いで満ちていた。
今すぐに薔薇の香油をぶちまけたいと何度思ったか分からない。
ムワッとした湿気を帯びた匂いが、人の体臭由来と気付くのに随分とかかった。
イディールは泪目になりながらも、ハンカチで口を押さえてなんとか凌ぎ続けた。
荷馬車は道中、何度か小休止を挟んだ。用を足すためだ。
木陰でしろと言われ、イディールは何の冗談かと思った。
見渡すとみんなそっと林の奥に向かって戻ってくる。
初めは抵抗したが、尿意には抗えない。
他の人より奥まで行って、カルコ゚が仕方がないという顔で外套を広げて立ってくれた蔭でなんとか済ませた。
尻に直接冷たい風が当たる感覚がなんとも気持ち悪い。
カルゴに音を聞かれているという羞恥心で、どうにも落ち着かない。
いつまで続くか判らない刻をひたすら耐え、やっと馬車を降りられた時には、一度上り再び落ちた筈の太陽が、もう随分高い位置にあった。
小さな町だった。まだ報せが伝わっていないのか、取り乱している人もいない。
小休憩をして、馬車を乗り継いだ。
今度は乗り合い馬車だった為、椅子が付いている。
いくらかマシだとはいえ、今迄イディールが乗っていた馬車とは、雲泥の乗り心地には違いない。
街道を進み、終点の手前、港街にほど近い丘の上の小さな街で馬車を降りた。
夕食にほ少し早い時間だたったが、カルゴは居酒屋にイディールを連れて入った。
第六章□月星暦一五三六年二月①〈不信〉後、アトラスがアンバルに運ばれ高熱を出して寝込んでいる辺りのがお話しです。




