間章■月星暦一五八五年七月〜一五八六年一月
【月星暦一五八五年七月】
サクヤには荷を纏めとおくよう指示すると、アトラスは竜護星首都アセラに向かった。
マイヤに事の顛末を話すと、彼女は改めて神妙にアトラスに頭を下げてきた。
「お父様にはお手数をおかけして申し訳ございません。フェルター家の窮状を把握出来なかったのはこちらの落ち度です」
納税額と帳簿が合っていた為、マイヤはシモンを視ようとは考えもしなかったと言う。
「やはり、視察を定期的に人を見えるおくり、直接確認することを怠ってはならないということですね」
目に頼りすぎるマイヤは、それを自身の落ち度というが、そんな手段があることの方が『特別』である。
気にするなというのも違うと思い、言及はしなかった。
「それから、サクヤは預かることにした」
一応そちらも報告すると、マイヤは意味深に笑って「頑張ってください」と言った。
「何をだ?」と突っ込みたかったが、アトラスは口には出さずに城を後にした。
※※※
離島の館に戻ると、サンクとハールには事情を説明した。
サクヤを連れてくること。
サクヤにはここに住んでもらうこと。
そして、サクヤにはレイナの記憶があること迄もを話すと、かつてレイナの侍女をしていたハールは、「昔ばなしが出来たら嬉しいですね」と少し涙ぐみながら微笑んだ。
二人とも大して驚かずに受け入れたものだから、アトラスの方が戸惑ったくらいである。
もっとも、先を見通す巫覡が治める国で、歳を取らない男を主人としているのだ。
ここに他人の記憶を持つ女が加わってもどうということも無いのかも知れない。
客間の一つをサクヤ用に整えてくれるというので任せて、アトラスは再びフェルンに翔んだ。
※※※
フェルンにはすでにライ・ド・ネルト・フィルタンが訪れていた。
「どんな感じだ?」
アトラスが顔を出すと、ライは人の悪い笑みを浮かべた。
「コルボー氏は別件で色々お聞きしたいことが出てきましたので、アセラに送りました」
口調から、余罪が多々あったことが伺えた。
案の定である。
次にライはシモンを見やり、にたりと微笑う。
「フェルター殿とこの屋敷には、人手が必要です。手配しましたので、近日中にも派遣されるでしょう」
意欲満々のライとは対照的にシモンは若干引きつった顔をしていた。
すでにこってり絞られたのだろう。
「いい機会だから、色々学ぶといい。ライは優秀だからな」
「はい」
項垂れた仔犬のようなシモンの様子に、思わず笑みが零れてしまった。
「ライ、宜しく頼む。お手柔らかにな」
「お任せください!」
ライにしごかれて色々学べば、シモンは良い領主になるだろう。
※
サクヤの方は持ち出す荷物を選別し、網掛けして待っていた。
竜は十人程度の重量物なら運べることをちゃんと知っている。とはいえ、荷物はそれほど多くはない。
「それだけでいいのか?」
「あとはハールが用意してくれてるでしょ?」
よく解っている。
サクヤがレイナだとは認めるのは抵抗がある。
だが、手放したく無いと思ってしまった自分が確かにいる。それは自覚してしまった。
この選択が正しいのか、アトラスには判らない。
この気持ちに名前を付ける覚悟もまだない。
これから模索する。
そのくらいの猶予は許されるだろう。
「行こうか」
「はい!」
振り返るサクヤの笑顔が眩しくて、いつしかアトラスの口許にも笑みが浮かんでいた。
※※※
【月星暦一五八六年一月】
サクヤが一緒に暮らし始めて、半年近くが経った頃。
「届きましたよ」
サンクから差し出されたのはマイヤからのいつもの指令書だ。
封を開けて目を通したアトラスの顔が強張った。
「いかがなさいました?」
サンクが怪訝な顔をした。
「⋯⋯テルメに行けと」
「テルメ⋯⋯」
察したサンクも苦い顔をした。
テルメは以前、ジェダイトと呼ばれていた。ジェイド派か首都を自称していた街である。
来月で終戦五十周年。
今回は大々的に記念式典が行われる。このタイミングでの指令書。そこで何がが起きようとしていることは想像に容易い。
アトラスはタビスとして、その街を本拠地としていた者を斬って戦いを終わらせた。
その街に足を踏み入れたことはまだない。
「行くのですか?」
「マイヤは俺でなくとも務まる仕事は振ってこない」
言いつつ、アトラスの顔は浮かない。
アウルムには精神と身体が拒まないのであれば、いつか行くように言われていた。
「ずっと、行かなければとは思っていた。だが、踏ん切りがつかなくてな。いい機会だ。けじめをつけてこいってことなのだろう」
「アトラス様⋯⋯」
「大丈夫さ。タビスだからと言ってどうこう言われることもなかろう。五十年……当時を知る者も、もう少ない」
心配顔のサンクに、アトラスは無理に笑ってみせた。




