■月星暦一五八五年七月⑦〈道連れ〉
シモンがコルボーに借りた分だけ、きっちりコルボーに渡るようにアトラスは手配した。
十年間に土地から得た収益がそのまま利子ということにして終わらせた。
今後、コルボーがフェルター夫妻と妹に接触することを禁じ、フェルン島への立ち入りも制限を設けた。
コルボーを役人に突き出すことも提案したが、シモンが拒んだので、この件においてはそれで示談とした。
だが、叩けば埃はわんさか出てくるだろう。
それはアトラスの仕事では無い。報告を受けた城側が考えることである。
※
唸りながら、返済額の計算をしているシモンの手元を覗いて、アトラスはこれでいいよと雑多な数字を呈示した。
「アトラスさま、それではアトラスの利息分がありません」
「では、その分はサクヤの給金ということで」
「多すぎるわ。助手らしいことなんて、何ひとつしてないもの」
このひと月サクヤがしたことは、旅行に連れて行ってもらって、様々なものを見て味わい、時の為政者達と話すという貴重な体験をしただけと言い換えられる。
そう訴えるサクヤにアトラスは首を振る。
「十分助手だったさ。君がマイヤやアリアンナ達の話し相手をしてくれたから、俺は自由に動ける時間が得られた。でないと、倍の時間はかかっただろうよ」
連なる名前の豪華さに、シモンの顔が蒼くなる。
「そういう訳だから、貸した分だけでいい。毎年少しずつ返してくれればそれでいい」
「……なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
あまりに寛容な処置だと震えるシモンの問いに、アトラスはサクヤを見やり、困ったように微笑した。
「素通り出来なかったからな」
レイナ云々以前に、初対面でのサクヤの勁い瞳に、何かを見た気がした。
それだけだ。
その時点で既にこの娘の力になりたいと考えていたとしか思えない。
「サクヤ、君は『魔物』のことも知っているんだな」
頷くサクヤの顔を、アトラスはじっと見つめた。
歴史の裏側に根付いた王家の恥。
憑かれた者は、ただ暴君として記され、決して表には出てこない記録。
「俺が旅をする目的も解っているんだな?」
人は斬れない剣を携えて、人では無いユリウスを探す理由は一つしかない。
再び肯定。
アトラスは大きく息を吐いた。
「……アストレア?」
サクヤが破顔した。
「はいっ!」
それは旅の最中、名の分からないレイナにアトラスが付けた名前。
知る人はほぼいない、古い記憶。
『いいじゃありませんか』と、マイヤの声が聞こえた気がした。
※※※
事の顛末を聞かされたフェルター夫人アミタは、アトラスに駆け寄ると足元に叩頭する勢いでひざまずいた。
「申し訳ございませんでした」
「俺はあなたに謝られるようなことをされたのだろうか」
「私は、あなたさまが恐ろしゅうございました。シモンさまもサクヤさんもあっさり気を許していましたが、疑わずにはいられませんでした。失礼な態度を取り続けたことを、お詫び申し上げます」
「それは、正常な反応だ」
アトラスは手を差し伸べてアミタを立たせた。
「シモンはどうやら人が良すぎるきらいがある。あなたが彼に代わって、警戒をするくらいで丁度良いんじゃないかな」
ふわりと微笑をみせると、アトラスはシモンに振り返った。
「シモン、サクヤは連れて行く」
「良いのですか?」
意地を張っていても仕方がない。
「一人旅も飽きていたところだ。連れがいるのも悪くない」
「やったぁ!」
サクヤが破顔してアトラスに抱きついた。
「おっと……」
抱き返すだけの心構えはまだない。
それでも、差し出されたその手を離してはいけないことは、さすがにアトラスも感じていた。
第十二章 鴉の思惑 完
お読みいただきありがとうございます
お気づきかも知れませんが、第一部では殆どレイナに踏み込みませんでした。そして、第二部でいきなりの退場。あまりの扱いでしたが、第三部の軸の一つにレイナと向き合うことを決めていました。そう割り切って、第一部は潔くアトラス問題に集中してレイナまで手を回すをやめました。
レイナというキャラはどうも誰かの目を通した方が書きやすいというのもあります。
王という肩書を取り払った本来のレイナを書きたかったというのもあります。
次話の間章を挟みまして、一本意外と思われるだろう人物の話が入ります。
宜しくお願いします。




