□月星暦一五八五年七月⑥〈説得〉
□サクヤ
□サクヤ
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サクヤは、床に座り込むコルボーの前に進み出ると、手を差し出し椅子に促した。
「コルボーさま、落ち着きましたか?」
目線を合わせて、コルボーに尋ねる。
「今のは……」
「ちょっと頭に血がのぼっていたようでしたので、例えるなら頭から冷水をかけられたようなものです」
「まあ、なんだかすっきりしている気がする……」
毒気を抜かれた顔で、コルボーはサクヤとシモン、そしてアトラスの顔を順に見回した。
「コルボーさま、『タビス』とは何か、ご存知ですか?」
「タビス……?ああ、月星の神職の官位のことだろう?」
コルボーの視線がアトラスに向けられた。
「その男のことだ」
サクヤはシモンにも視線で問う。
「わたしもその認識だが、違うのか?」
「間違ってはいません。遠い異国の宗教について、それ以上を分かれという方が無理な話でしょう」
むしろ、その程度でも知っているだけ立派だと言える。
かつてアトラスの身分が竜護星で公にされた時、『かの大国月星の王子』というだけで大騒ぎだった。
それ以上の情報が一般に浸透することは難しかっただろう。
「タビスとは、月に御座すとされる女神を崇める月星において、最高位の神職です。修行さえすれば選ばれる類のものではなく、タビスはタビスとして産まれた者しか成り得ない。産まれながらにタビスたる証を持った者だけがタビスとされる、そういう存在です」
サクヤがちらりとアトラスの右腕に目をやる。
「その役割は女神の代弁者。月に一度姿を隠す月の女神の不在を補う者とされています。ーーその、意味することが解りますか、コルボーさま?」
「……」
サクヤの視線が冷ややかにコルボーに注がれる。
「即ち、その言葉は女神の言葉とされ、絶対君主制であるはずの王の言葉すら覆せるのですよ」
王に全ての権力が集約され、その言葉は何よりも優先される制度の中の異例中の異例。
「だがそれは、月星に於いての話だろう?」
いいえとサクヤは静かに首を振る。
「彼の方の娘でもあるこの国の国主、マイヤ陛下はその意味を正しく理解していらっしゃいます」
解りますかと、サクヤは重ねて問う。
「こんな、まどろっこしいことをする必要は無いのです。ただ一言、それで方々は従います」
サクヤが神妙な顔で説く。
「そんな方が、わざわざ交渉の席を設けて下さっている、その意味を考えてください」
サクヤは次にシモンを見やった。
「兄さんも、目が覚めましたか?」
コルボーを恩師と信頼しきってるシモンを納得させる為だけに、アトラスはしち面倒臭い手段を選んだ訳である。
理解したシモンはアトラスの正面に立つと、深々と頭を下げた。
「……お手数をおかけしまして、申し訳ございませんでした」
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