■月星暦一五八五年七月②〈所有権〉
領主邸の執務室に場所を移すと、シモンは上座をアトラスに譲った。その隣には当たり前のようにサクヤが陣取った。
「結論から言えば、コルボー殿が所有を主張しているこれらの土地は、現在もそしてこれからもフェルター殿の所有物だ。少なくてもこの国では、陛下から賜った土地を許可無く手放すことは出来ない」
アトラスの言葉にコルボーは一瞬呆けた顔をし、噛み付いた。
「そんなはずは無い。そんな馬鹿な話があるか!」
「それがこの国の法です。王に無断で領主の土地の権利を主張するなら、違法に奪ったという話になりますよ」
「奪うとは人聞きの悪い。儂は金を貸す担保として預かっただけだ」
「そもそも、それがおかしいと言うのです」
アトラスは書類を指で叩きながらも、静かな口調で説明した。
領主は領民に領地を貸し出し、その借地料が収入となる。借地料は各土地での生産量から決められた割合で利益を得、国への支払いもそこから捻出する。
コルボーは、担保として土地を差し押さえると、その土地の収益を全て自分の懐にいれた。結果、国への支払い分が足りなくなり、その不足分をシモンは再びコルボーに借りる羽目になり、どんどん窮地に追い込まれていった。
「土地からの収益は、本来フェルター殿のものだ。国への支払い分を除いた残りを、コルボー殿への返済にあてるのが正しい形だった」
「馬鹿な。そんな法律は馬鹿げている、ありえないだろう。どこの国でも聞いたことがない」
腑に落ちないコルボーはごねた。
「この国の特殊な法の一つでしてね、土地を担保にすることはできないのですよ」
かつて、たった五年間で国を傾けかけた暴君がいた。その際、たちゆかなくなって没落する領主が問題となり、救済措置として、当時の王レイナが定めた法である。
そう説明するアトラスの口から出た『レイナ』という言葉に、コルボーは一瞬サクヤに目をやった。
アトラスは一つの確信を心に留める。
「そういえば、コルボー殿は隣国朱磐星のドルフ村出身でしたか。知らないのも無理はない」
その出身地をシモンは知らなかったようだ。小さくへぇとかほぉとか言った言葉を漏らす。
「それが何か?」
「いや。この国にて外国人が商売してはいけないという法は無い。商業組合にもコルボー殿の登録記録はあるので、その点は問題ありませんな」
コルボーが押し黙った。
自分のことまで調べ上げているとは思っていなかった顔だ。
「フェルター殿。あなたはもう少し学ばれた方が良い。そもそもこの国では外国人が土地を所有することは出来ないんだ(※)。後で法に詳しい人間を寄越そう。この件も把握しているし、私が言えば、喜んでやってくる男がいる」
サクヤはアトラスが誰を差しているか察したのだろう。口元に苦笑を浮かべた。
「そして、もう少し他人を疑うことも覚えるべきだ。あなたは私の様な胡散臭い人間のことも簡単に信じた。その素直さは人としては非常に良いことだし、個人的には好ましい。だが、だからこそ、今回のような事が起きたとも言える」
「はい……」
アトラスの言葉に、シモンは羞恥と反省とが入り交じった複雑な顔で項垂れた。
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ドルフ:村
※ 外国人が土地を所有することもできません。四章〈三者面談〉参照。
だから、ライは土地の不正利用と言いました。




