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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
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■月星暦一五八五年六月㉖〈危惧〉

 月星には異国との交易をしている大きな港がリメールをはじめ五つ(※)あり、出入りしている船舶の量か多い。


 アトラスは、目当ての資料をみつける為に十日程の時間を費やした。これでも、王を始め方方で協力を得られた為、短く済んだ方だろう。


 その間、サクヤはアリアンナの所に居させてもらった。

 モネと街を探索して帰ってきた本人に希望を聞いたら、女神信徒でも無いのに宿坊に泊まり続けるのは抵抗があると言う。

 そういうことならばと、アリアンナは快く引き受けてくれた。


 竜護星への帰路は、食事と宿泊以外の寄り道はせずに、三日程かかった。

 竜にも騎乗者にも負担の無い速さなら、この位が妥当である。


   ※※※


 竜護星に戻ると、アトラスは先ずマイヤに会いに行った。


 サクヤは月星での街歩きが楽しかったと見えて、今度こそアセラの街に繰り出している。


 一人ではつまらないだろうと、マイヤが歳の近いウパラの娘グルナを付けた。

 グルナは父親譲りの癖のある真っ赤な髪を、会ったこともないレイナに敬意を現して(リスペクトして)短く整えている。

 彼女はサンク仕込みの護衛術も身につけており、話術にも長けているので頼もしい。


 マイヤがよく使う居間の一つで二人向き合って座ると、マイヤの方が先に口を開いた。


「お父様、サクヤさんのことをどうするかは、決めたのですか?」

「どうするも何も……」


 マイヤの探るような視線にアトラスは思わず目を逸らす。

 歯切れの悪いアトラスに深々とマイヤはため息を吐く。


「お父様、心の視野が狭くなってはいませんか?」

「記憶があったって、違う肉体で違う人生を歩んできた時点で、それは別の人間だ」


 口にして、まんまユリウスが言っていた言葉だと気付き、アトラスは痛みを堪えるような顔をした。


 ユリウスは受け入れたのだろうか。受け入れて、アトラスに難題を課しているのだろうか。


 黙り込むアトラスをマイヤはじっと見つめ、息を吐く。


「……そういう事は、殿方の方が気にするのかも知れませんわね」


 黙っているつもりでしたがとはっきり申し上げた方が良いでしょうと、マイヤはアトラスを見つめた。


「サクヤさんはアシェレスタ《竜に乗れる》かも知れませんが巫覡ではありませんよ」

「なんだって?」


 分かりやすくアトラスは狼狽した。


「だって、夢を見てるんだぞ?」

「サクヤさんの夢は、巫覡わたくしが見せられているものとは違います」

 

 アトラスはユリウスからの映像を受け取れない。違いを理解わかれという方が無理な話なのである。


「やはりお父様は、ユリウスが現れた時のことをちゃんとは聞いてはいらっしゃらないのですね」


 呆れた口調でマイヤはアトラスを睨めた。


「ユリウスは、サクヤさんがどこまで見ているか知らなかったそうですよ。発した言葉は『まだそこなのか』ですって」


「どういうことだ?」

 アトラスは混乱する。


「そのままですよ。ユリウスが送っている夢なら、ユリウスが知らない筈は無いでしょう」


 マイヤは深々と溜め息をついた。


「お父様、巫覡の視る画は俯瞰です。一人称目線はあり得ないのです」


『その瞬間、わたしは確かに『彼女』で、自身の目で見て、話しているの』

 サクヤの台詞が蘇る。


「サクヤは、レイナだと、言うのか?」


 絞り出す言葉に滲み出るのはアトラスの心の葛藤。

 マイヤは否定も肯定も口にしない。


「いいじゃありませんか」


 マイヤはレイナそっくりの微笑をアトラスに向けた。


「人は良くも悪くも、何かのきっかけ一つで変わることができる生き物です。同一人物でも、『昔はそんな人じゃ無かったのに』なんて、よく聞きますでしょ。例え同じ魂を持っていたって、同じ人間が出来上がるとは限りません。サクヤさんの場合、母に似た人が母の記憶を持っている、それだけでも昔話が出来て、楽しいじゃありませんか」


「お前は、さすがだな……」

 そう、割り切れたらどんなに楽だろうか。



 アトラスは気を取りなおして、アリアンナが呈した気がかりをぶつけてみた。


「叔母様の懸念は分かりますが、お母様の記憶とはいえ、三十年、四十年も昔の事を知られて困るような国政は行っていません」


 マイヤは頼もしく断言する。


「むしろ、困るのは月星の、お父様に関わるものの方でしょう?」

「……違いない」


 ともあれ、一介の地方領主が国を通さずに他国に何かしようというのは、余程の伝手がなければまず不可能だ。それが大国月星の中枢ならば尚更のこと。

 アトラス自身は二つの王家と神殿と二重三重に保護されている立場にある。


「サクヤさんは聡明な方のようですし、話してよい事かどうかの分別は持ち合わせていましょう。なので、そういう意味での心配はしておりません」


 断言し、マイヤは表情をあらためた。


「でもお父様。サクヤさんの身が危険なのは同意見ですわ」

「つまり?」

「いつの時代、どこの世界にもお馬鹿さんはいるということです。何か勘違いした方が、サクヤさんに執着しているように見えますのよ」


「さすがの『目』だな」

 アトラスは唸る。


 だが、その一言で確信した。


 先祖返りと謂われるマイヤのアシェレスタ《巫覡》としての能力は高い。


 そもそもはシモン、サクヤ兄妹は何故追い詰められているのか、だ。


 コルボーがただサクヤを見初めたからでは動機が薄かった。コルボーによるシモンへの怨恨の線も無い。

 むしろ、シモンの方が恨んでも良さそうなものだが、お人好しの兄はコルボーに感謝すらしていたのだ。


 ならば、サクヤに執着するコルボーには思惑があるということ。


 サクヤはレイナの記憶を持つ以外は、別段特別な娘という訳では無い。

 ならば、目的はレイナの記憶。


 浅はかな野望。

 相手が愚帝ならば、あるいは成功するかも知れない。


「……そういうことで、サクヤさんをお父様が保護するのは悪くないと思いますわ。いっそうのこと、お母さまと呼べる方となっても、わたくしは構いませんのよ」


 貫禄の笑みに気圧されるアトラス。


 かつて稀代の英雄と呼ばれた男が、娘にたじたじになっているなど、祖国の皆様には見せられない姿だ。


お読みいただきありがとうございます

【小噺】

※月星五大港

リメール

ニクス:雪

ハンデル:貿易

ポルト:港

コーマ:埠頭

※※※

グルナ:ガーネット

ペルラとライの孫に当たります。

祖母はシンシア・ジュラーレ。女性で初めて領主になった人物です。詳しくは次章にて。実は5章新人女官編でペルラが悪しざまに言っていた令嬢がシンシアなんですね。

※※※

マイヤはサクヤに会ったことで、サクヤを『視える』ようになりました。コルボーには会っていないので視られませんが、サクヤを通して『視る』ことは出来ます。

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