■月星暦一五八五年六月㉔〈類似〉
食後、男性陣は場所をアウルムが居とする離宮に移して酒に興じた。
王は執務が残っていると言って辞退したが、気を利かせたのは明白だった。
夏とはいえ、寒暖差の大きい月星の夜は冷える。
煌々と燃える暖炉の横で、黙々と盃を傾けていたが、アウルムが唐突に口火を切った。
「アトラス、お前の女性の趣味は変わらんなぁ」
「はい?」
「自分で分からないか?あの娘はレイナ殿に似ていると言ってる」
兄の指摘に、アトラスにしては珍しい程狼狽えた。
助けを求めるようにハイネを見やるが、義弟は肩をすくめるだけだ。
「そんなんじゃありません。サクヤも言っていたでしょう。手伝っているだけですよ」
「まどろっこしい事をする。お前がわざわざ出張らなくても、王宮にはその分野に詳しい人材がいるんだ、任せてしまえば良い。女の事だって、お前が一言欲しいと言えば、その男は黙るしかあるまい」
数年前まで国王を名乗っていた兄が呆れ顔でアトラスを見る。
「言えるか、そんなこと……」
だが、まかり通ってしまうのも事実。
月星においてのタビスはそれ程の存在なのだ。
「タビスだからと言って、自分を押し殺す必要はあるまい。もっと好き勝手をしてもいいと思うぞ?」
「俺は結構好き勝手やってると思うんだが」
人生のかなりの割合を旅に費やしている。それを好き勝手と言わずして何というのか。
「見てくれはどうあれ、六十歳も半ばの爺さんが、若い娘の貴重な時間をどうこうしちゃならんだろう」
「そんなことを気にしているのか」
世の中には金に物を言わせて若い女性を求める嗜好の者も少なくはない。
「精神は総じて肉体の状態に引っ張られるものだろう。お前は充分若いさ」
アトラスは何かを誤魔化すように酒を含んだ。
「アウルム、あの娘はそんなにレイナに似ていますか?」
「似ているな」
傍らのハイネに視線を移すと、彼も同様に頷いた。
「一瞬見違えたよ。ちょっとした瞬間の表情とか仕草が似ている」
「そうか……」
アトラスは盃の中身を飲み干すと、手酌で注ぎ入れ、それまでも一気に空けてしまった。
「あの娘は、ユリウスが寄越した」
「ユリウスだと?」
アウルムの片眉が上がる。
「……レイナの代替品にしろと言うことらしい」
「アトラス、そんな言い方……」
ハイネが窘める。
アトラスは更に一杯酒をあおった。
「レイナの記憶を持っているんだとさ。幼い頃から夢に見ていたそうだ」
「それはどういう……」
さすがにハイネも戸惑いをみせた。
「サクヤはレイナだとでも言うのかい?」
「知らんわ」
ぶっきらぼうに応えるアトラス。事態を持て余しているのが傍目がらも丸わかりの態度。
「レイナかどうかは判断がつかん。だけど、話していないこと、知り得ないことなんかも、知っていたりする」
例えば、前王のことを『アウルム』と呼ぶのは身内しかいない場合だけだ。人前では『兄上』と呼び、だが『陛下』とは呼んではいなかった。
「この世には、生まれ変わりという機構が存在するのではないかと、最初に言い出したのは君だろう?」
ハイネはアトラスの右腕を指差した。
そこには、『女神の刻印』と呼ばれる『タビス』の証がある。
「僕は、ユリウスが関わっているなら、何があっても驚かない」
歳を取らないアトラスを間近で見てきたハイネは、人外の存在が居ることも、身を持って知っている。
「ハイネ、お前はそれでいいのか。幼なじみがいきなり別人の殻を被って現れたと言われて、信じられるのか?」
いちいち、引っかかる言い方をするのは、それだけアトラスの心が揺れている証拠。
「君は、認めたくないんだね」
「判らない。こんな、今更。俺にどうしろというんだ……」
「アトラス」
黙って聞いていたアウルムが改まった口調で弟を呼んだ。
かつて、瓜二つとまでいわれていた顔には深い皺が刻まれ、蜂蜜色だった髪もすっかり色が褪せているが、眼光の鋭さは変わらない。
「私達も、この先何年、何十年と生きていられる訳じゃない。お前には、お前を理解してくれる人間が必要だ」
確かに、アトラスが気負わずにここまで内心を吐露できるのは、この二人位なものだ。
同年代だったはずの二人も、一線を退き祖父と呼ばれる歳相応の外見になっている。
父方の従兄弟のネウルスはもう逝ってしまった。
母方の従兄弟のヴァルムは腰を壊して、船旅は辛いと海風星から出てこられない。
頼り甲斐のあったタウロも昨年見送った。
確実に減っていく知人、友人達。
いつか、独り残されるのは目に見えていた。
「いいのかな……」
ぽつりと零れ落ちる言葉。
「こんな俺が、また求めても良いのだろうか」
眼尻に熱いものを感じてアトラスは顔を伏せる。
「レイナは、許してくれるかな……」
「お前のそういうところ、昔から変わらんな」
アウルムが目を細めてアトラスの髪をガシガシ撫ぜ回した。
「私の知るレイナ殿は、お前の枷になることを良しとしないな」
「僕が知ってるレイナなら、健康な身体に生まれ直してでも、君の側に居たいと思うよね」
ハイネは背中を叩いて「君は時々面倒くさい」と笑った。
「レイナ殿の記憶があるというなら、お前の在り方も正しく理解しているということだろう?いいことじゃないか」
そう言って、アウルムは口端に茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「それに彼女は若くて美人だ」
「ったく……」
思わず笑ってアトラスは窓の外に目を移した。
太めの上弦の月が沈もうとしている。
今夜は、月が蒼い。
お読み頂きありがとうございます。
アトラス、深酒すると、高確率で泣いていますね。
案外、泣き上戸なのかも知れません。




