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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
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■月星暦一五八五年六月㉓〈会食〉

 夕刻、王宮からの迎えが来た時には、湯浴みを済ませ、略装とはいえそれなりの装いにアトラスは改めていた。


 王宮と神殿は連絡橋で結ばれている。

 その出入口の前で、サクヤは待っていた。


 髪は複雑に編み込まれ、顔にはうっすらと化粧を施し、目を引く鮮やかな青色の月星伝統の衣装を纏っていた。


 ゆったりとした踝迄のパンツに丈の長い上着を羽織り、帯で止める形状は、男女に大して差はない。

 ただ女性の物は薄い素材のものを幾重にも重ねてより華やかになり、装飾が増えている。靴も浅く、男性ものとは違いかっちりした長靴ではない。


 大昔、月星の民は男女問わず剣を持ち馬を駆る民族だった。土地に根付いて久しく、暮らしぶりも随分と変わったが、この衣装の形状は実用性を欠いたとはいえ、名残である。


「どうかな?」

「よく、似合っている」

「本当?」


 嬉しそうにこぼれる笑顔に、アトラスは思わず目が離せない。


「その服、どうしたんだ?」

「陛下からですって。これを着るようにと王宮の人が持ってきたわ。着付けの手伝いもしてくれて、至れり尽くせり」

「あの陛下はそういう気遣いには長けているんだよな」


 寸法はサクヤに合っていた。帯で多少の調整が出来る形状とは言え、肩幅や袖の長さ、丈に至るまでぴったりなのは、さすがとしか言えない。


「陛下が苦手?」

「いんや、そんなことはない」

「陛下って呼ぶのね」

 当たり前のことなのだが、意外そうにサクヤは言う。

 意味することを察して、アトラスは苦笑する。

「なるほど。記憶、ねぇ……」


 レクスの父、前王アウルムのことは名前で呼んでいた。アトラスが敬っていたのは兄であるその王だけだったのに関わらず、だ。


「『タビス』の言動は時として王の言葉をも覆してしまうからな。兄とは折り合いがついていたが、あの甥となると微妙なんだ。こちらが遜る位で丁度良いのさ」


 そう言うと、アトラスは左腕を差し出した。そこに手を添えるサクヤに躊躇いは無い。


   ※※※


「サクヤ殿、貴女にはその色が合うと思ったのだよ。髪の色が映えて、よく似合っている」


 月星王レクスはサクヤを満足気に眺めると、にこやかにそんな台詞をさらり言う。


 この衣装の鮮やかな青は、鉱物を砕いた染料でしか出せない。

 換算すると、フェルター家の食事に一年はおかずが一品増える位の価値はあるはずだ。

 そんなものをあっさり贈るレクスは、同様のものをいくつも備蓄しているだろうことは想像に難くない。


 かつての月星は長く内戦にあった。


 その発端は、腹違いの二人の王子による後継者争いだった。その教訓を踏まえて、王も一夫一妻制になって久しいが、レクスが以前の一夫多妻制に戻すのではないかと危惧するのはアトラスだけでは無いはずだ。


「陛下、口説かんで下さいよ」

「いやだな、叔父上の連れにはしませんよ」


 こちらに気を回す余裕があるなら、放ったらかしの王妃を気遣えと言いたいところだが、悪癖持ちの王との微妙な夫婦間については察してあまりあり、口を挟みにくい。


 サクヤは王とのやりとりを微笑で流し、衣装と招待の礼を述べた。


 案内された食堂には、アトラスの兄である前王アウルムと妹のアリアンナ。彼女の伴侶であるハイネと、アトラスに特に縁の深い者が揃っていた。


 月星内に於いても『凄い面子』である彼等に対してもサクヤは臆さない。

 それでいて、でしゃばらない程度の完璧な受け答え。その物腰は、それまでフェルンを出たことが無かった娘とは思えない程堂々としたものだ。


 アトラスは反応を伺っていた。

 わざわざ月星にまで来たのは、レイナを知る者達の反応を見たいというのがあった。


 アトラスが動くまでもなく、その目的は果たされていた。

鏡の前で異国の衣装にはしゃぐサクヤ イメージ

急に思い立って描いたので、いつもの水彩画ではありません

挿絵(By みてみん)

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