□月星暦一五八五年六月⑲〈湖畔〉
□サクヤ
□サクヤ
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城の裏手の湖の畔に王家の墓はある。
門はあるが、仰々しい建物に祀られているというものでは無い。
一般の参拝は門までだが、アトラスは中までサクヤを連れて行った。
セルヴァのものの横に、サクヤの知らない墓が増えていた。
「ここにレイナが眠っているのね」
きれいに掃き清められ、『レイナ・ヴォレ・アシェレスタ』『1524〜1560』の文字が刻まれた石版の上には、朝換えたばかりと分かる新しい花が供えられていた。
黙り込むサクヤ。
思いの外、感慨は生まれない。
「墓っていうのは故人を偲ぶ、残された者の為のものだからな」
アトラスがつと呟いた。
「よく来るの?」
「まあ、な……」
曖昧な返答で濁し、アトラスは墓石の一辺に目を落とした。
「あの日の雲ひとつ無い空の青だけは、今でも鮮やかに思い出せる。秋だっていうのに、やたら暑い日でな。その日の午後に到着したハイネは、間に合わなかったとわんわん泣いて。俺は摩耗した頭で、人目をはばからず泣けるあいつを羨ましく思ったものだ」
「ハイネは子供の頃から涙脆いところがあったから……」
無意識に呟いて、頭を振るサクヤ。
「そのハイネ……さまは、今でもお元気なのですか?」
「月星で元気にやってるよ。行けば会えるんじゃないかな」
むしろ会わせてみたいと瞳が語っている。
「俺の前なら、口調は無理に改めなくて良い。今更だろ」
アトラスが苦笑しながら付け加えた。
すでにアトラスを呼び捨てにしている。たしかに今更である。
※※※
墓地を出て、サクヤの足は自然と城とは反対側、湖の方に向かった。
「この小路は知ってるわ。朝の散歩道」
少し坂を登ると、道は大きく曲がる。
「このカーブを抜けると、湖を望む東屋があるのよね」
弾む足取りで歩んでいたサクヤは、目的の場所を目にして立ち竦んだ。
「無い……」
「東屋は老朽化で壊された」
追いついたアトラスが説明する。
「そっか。もう、無いんだ……」
それだけ月日が経ったという事実に、やっと実感が追いついた。
この気持ちは拍子抜け?残念?哀しい?寂しい?
サクヤの中によく判らない感情が駆け巡った。
東屋があった場所には、当時のものとは違うがベンチだけは残されている。
サクヤはベンチに座り、湖に目を向けた。
特に考えた訳では無いが、そこはレイナがいつも座っていた定位置だった。
「……」
身動きせず、湖を見据えるサクヤ。その頬はいつしか涙に濡れていた。
「サクヤ?」
声をかけられ、サクヤは自身が泣いていることに気づく。
「あれ、なんで?」
驚いた様に、手の甲で涙を拭うサクヤに、アトラスは複雑な眼差しを向けていた。
そこがレイナが息を引き取った場所であることを、サクヤはまだ知らない。
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