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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
227/374

□月星暦一五八五年六月⑱〈朝食〉

□サクヤ

□サクヤ

ーーーーーーーーーーーーーー

 サクヤが食堂に向かうと、ふくよかな芳香が鼻をくすぐった。


 すでに朝食を済ませたアトラスが珈琲を飲んでいた。


 コーヒーの木から採れる豆を乾燥させて焙煎し、粉末を水で抽出して作る飲み物で、ここ十数年で急激に流行りだした。


 交易品でしか手に入らず非常に高価な為、サクヤは一度しか口にしたことがない。

 がつんと芯の通った苦味の奥に隠れた甘みがふわりと香り、牛乳(ミルク)のまろやかさと相まって広がった幸せな味が口の中に蘇った。


 コルボーがこれ見よがしに振る舞ってくれた記憶さえなければと思う。


 無意識にアトラスのカップに目が行っていたのだろう。朝食を運んで来た給仕に、サクヤの分の珈琲をアトラスは頼んでくれた。


「砂糖と牛乳(ミルク)はいかがいたしますか」

 尋ねられて牛乳(ミルク)だけを頼んだ。


 あの幸せな味をまた口に出来ると思うと、沈んでいた気持ちも少し浮上する。


 カリカリベーコン付目玉焼き(ベーコンエッグ)にひよこ豆のスープとヨーグルトを目の前に、サクヤの胃は正直に空腹を訴えた。


 こんなにふわふわのパンはいつぶりだろうか。


 乾燥果物(ドライフルーツ)をヨーグルトに入れてふやかし、パンにはベリーのジャムを塗って口に放り込んだ。甘過ぎず、酸味が程よく効いている。ジャムひとつとっても贅沢に感じる濃厚さ。


 もう一種類のパンは薄く伸ばした生地にバターをたっぷり塗り込んで何層にもして焼き上げられている。サクッとした食感がたまらない。こちらにはクリームチーズと蜂蜜を垂らして頂いた。贅沢なバターの香りが口いっぱいに広がった。


 竜護星は酪農が盛んであるため、乳製品の質が高い。

 島国故、狼や熊などの害獣が居ないため、農地に適さない斜面を使った山岳放牧が多く行われている。ワインと共にチーズなどは輸出品目の上位に食い込む。


 一口食べる度にサクヤが幸せな顔をしていたのだろう。アトラスが微笑ましい顔でこちらを見ていた。


 絶妙な頃合いでパンのお代わりが出される。

「そんなに食べられないのに」  

 反論してみるも、しっかり完食して笑われた。


 お待ちかねの珈琲を手にすると、アトラスが声をかけてきた。


「入ってきたときは顔色が悪かったが、もう良さそうだな」

「夢見が悪かったの。幸せな食事を噛み締めたからもう大丈夫」

「そうか……」


 それ以上は問わず、アトラスは手にしていた物を寄越した。


 サクヤの旅券だった。


 真新しい印が押されている。

 本当に女王本人に押させたらしい。横に署名もあり、一筆書き加えられていた。


 アトラスの署名で月星にだけは行けるが、マイヤの一筆が加わることでこの旅券は他国にも行ける上、友好国では外交官特権に準ずる効力を持つ。

 サクヤが持つには過ぎた代物だが、アトラスと行動する以上は必要だとマイヤが判断したということだろう。


「サクヤ。君さえ良ければ月星に行こうと思うのだが、その前に見たい場所とかあるか?」


 昨日は直接城に来て、そのままマイヤとのお茶会となり、以降一歩も城外に出ずに一日が終わった。


 若い娘が首都に初めて来たのなら見て廻りたいと思うだろうと、フェルンを出たことの無かったサクヤを気遣った言葉なのは明らかだったが、サクヤの口をついて出たのは彼女自身も意外だった単語だった。


「……お墓」

「何?」

「王家のお墓が見たい……」


 ちょっと面食らった顔をしたアトラスだったが、快く応じてくれた。


お読みいただきありがとうございます

ただ朝食を楽しむだけの回?

いえいえ。

まだまだ高価ですが、珈琲が食卓にのぼるようになりました。少しずつこの世界も変化しています。

珈琲は水出ししたものを温めて飲む方法がとられています。

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