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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
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◯□月星暦一五八五年六月⑰〈病床〉

◯レイナ□サクヤ

  ◯◯◯

【月星暦一五六〇年一月】

 寝台のヘッドボードに身体を預けて、レイナはかろうじて起きていられる状態だった。

 人の手を借りなければ、この状態に身体を持っていくことさえ、もう難しい。


「ねぇ、モース」


 診察を終えたモースの背中に、首だけ動かしてレイナは声をかけた。


「何でございましょうか」

「いつまで生きられるのかな、私」


 手にした薬湯の匂いがやけに鼻に付いた。


「今日の夕飯に何かな?」位の気軽さで聞いたものだから、モースが取り繕うのが遅れた。


「レイナ様……」

「いいの。未来視がなくたって判ることもあるのよ」


 そう言って、レイナは微笑んだ。


「どの位?」


 モースはしばらくレイナの目を見つめていたが、やがて観念したように口を開いた。


「……月の大祭は見られないかと」

「つまり、冬は越せない、いえ、冬を迎えられないのね……」


 ささやかな嘘も見破られ、モースは唇を噛み締めて俯いた。


「解ってた。解っていたけど、短いなぁ……」

「申し訳ありません」


 それは嘘を吐いたことの謝罪なのか、嘘を吐き通せなかった謝罪なのか。


「アトラスに黙っているように言われたんでしょ」

「それは……」


 モースが言い淀む。


「アトラスは嘘吐きだから」


 レイナは薬湯と一緒に込み上げてくる苦いものを飲み干した。


「自分の心まで欺いて、あの人はホントに綺麗に嘘を吐くんだ。でも、それが周りを気遣っての優しい嘘だって解ってる」


 器をモースに返した。この薬も気休めにしかならない。


「ホントに、莫迦みたいに優しい人……」


 レイナは空を仰ぎ見る。


「ねぇ、モース。気づいてた?アトラス、若いわよね。とても今年四十歳を迎える様には見えない。三十代前半、二十代後半でも通用するかも」

「そんなことは……いえ、そうですね」


 モース程の医者が気づかない訳はない。レイナも自分が病み衰えなければ気づかなかった。

 同じ屋根の下で毎日顔を突き合わせている者たちはほぼ気づいていない。案外そんなものだ。


「多分、アトラスの人生はこれから長いわ。その歩みを支えてくれる人が現れたなら、私のことは気にせず、手を取ってって。幸せを見つけてって言わなきゃって思ってはいるの」


 レイナの双眸から涙が溢れた。


「でも、言えない。言いたくない」


 布団を握りしめる手は小刻みに震えていた。


「あの人の心に、傷痕となってでも、しがみついていたいと私は思ってしまう。もう私はろくに歩けもしないのに、あの人の隣は誰にも譲りたくないの」


 吐き出して、レイナはむせび泣いた。


「私はこんなにも、浅ましい」


   □□□


【月星暦一五八五年六月】

 サクヤは泣きながら目を覚ました。

 起き上がり、自分の身体を抱きしめる。


 どこにも痛みはない。


 夢が飛んだ。

 断続的にではあるが、時系列に見続けてきたものが突然十年分は空いただろうか。


 享年三十六歳という若さで早逝したレイナの短い生涯で言えば、晩年と言って良い。


 病で痛む身体、日々細くなる食。

 不安に押し潰されそうになる夜を越え、悟らせまいと振る舞う姿勢が痛々しかった。


 それでも、この頃のレイナはまだ、アトラスの前では泣けなかった。


 引退し、すでにエブルに助力する立場になっていたとはいえ、長年主治医だったモースは最も信の置ける人間の一人だった。

 そのモースには、心の内を吐露できたレイナ。


「レイナは、アトラスの見た目に気づいていたんだ……」


 サクヤは、ぎゅっと膝を抱えた。


「あの人の隣は譲りたくない、か……」


 あれは紛う方なきレイナの本心。サクヤの胸の奥がズキンと痛んだ。


「ねえ、レイナ。《《わたしはどっちな》》の?」


 昨夜サクヤは城内の客間の一室をあてがわれ、眠りについた。

 レイナが産まれ、育ち、死んだ城。

 こんな夢を見たのは場所のせいかも知れない。


お読みいただきありがとうございます

夢の部分は、八章〈親心〉でモースがアトラスに報告していた場面です

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