□月星暦一五八五年六月⑯〈経過〉
□サクヤ
「私も、一つ聞いてもいいですか」
サクヤはマイヤの海青の瞳を見つめながら問いかけた。
「どうぞ」
「アトラス……さまの印象に、言動に温度差を感じることがあります」
「例えば?」
「うまく言えないのですが、夢のままの顔で、その所作は確かに昔のままなのに、時折深淵を覗くようなぞくりとしたものを感じることがあります」
くすりと笑うマイヤ。
「あなたは、父のことには抵抗が無いのですね」
マイヤの言葉にサクヤは首を傾げる。
「どういうことでしょうか?」
「夢の中でわたくしは十歳にも満たない少女なのでしょう?それだけの時間が経つというのに、父があの姿であることは疑問に思わないのですか?」
シモンがあっさり受け入れていたので、違和感が無かった。
言われて見れば、アトラスとマイヤは、どちらが歳上なのか見誤る程に見た目に隔たりがある。
それだけの時間が経っているという意味を、サクヤ唐突に理解した。
「二十五年経ちます」
見透かしたようにマイヤは補う。
「母が亡くなって、二十五年。父の姿は変わりません」
レイナが亡くなった時アトラスは四十歳。
どう見ても三十歳前後にしか見えない現在のアトラスの姿は計算が合わない。
「レイナが生きていた頃から、もう止まっていたということ?」
「そういうことになりますね」
身体の鍛えかたや気持ちの持ちようで若く見える人間はいる。当初はその類と思われたが、娘と同年代に見える頃にはさすがに誤魔化せなくなっていた。
「この国や月星と友好的で無い国で、父がなんと呼ばれているか、判りますか?」
「いいえ……」
「化物、ですって」
マイヤはつまらなそうに視線を落とした。そう言うマイヤ自身も、陰で魔女などと呼ばれていたりする。
「人は自分の理解が及ばないものが恐ろしいのです」
サクヤは棒でも呑み込んだような顔になった。
「父は幸い、力も立場もある人間でした。そうでなければ、歴史の闇に葬られていたことでしょう」
マイヤの、母親譲りの青い瞳が揺れる。
「この国の人間は、さすがは巫覡を王に据え、それこそ得体の知れない竜と契約し守護においた者達の子孫というべきか、そういう現実的でない事象にも割合寛容です。また、月星は敬虔な宗教国家ですから、女神の恩恵、タビスの奇跡、その具現者としてタビスたる父を崇めています」
「……それでは、いけないのですか?」
理解ある者達に庇護されているなら、それで良いではないかという旨のサクヤの言葉に、マイヤは首を振った。
「少なくとも、父は良しとしていませんね」
割り切れたら、もっと楽に生きれるのにとマイヤは漏らす。
「だから、父はユリウスを探しています」
サクヤを見つめ、呟くようにマイヤは言った。
「人として死ぬために」
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