□月星暦一五八五年六月⑭〈目線〉
□サクヤ
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「ユリウスが貴女に会いに来た時のことを詳しく話してもらえませんか?」
マイヤの要請に、サクヤは言葉を詰まらせた。
マイヤの反応を知るのは恐しくもあったが、誤魔化してどうなるものでもないと割りきり、サクヤは口を開いた。
「ーーユリウスは、ふつうに玄関の呼び鈴を鳴らしてうちを訪れました。義姉は台所で手が離せず、兄は留守でしたので、必然的に私が応対に出ました」
扉を開き、いるとは思わない人物の登場にサクヤは怯んだ。
「私が判るか?」
サクヤを伺う瞳は深い紫水晶。人間離れした青銀の髪に整いすぎた顔。知らなくとも判らない筈が無かった。
サクヤが頷くと、間髪入れずに彼は尋ねた。
「夢を見ているだろう?どこまでだ?」
サクヤが前日見た夢を話して聞かせると、残念そうに「まだそこなのか」とユリウスは呟いた。
「ーーそして、現状をどうにかしたいならと、あの日あの場所に行けばアトラスに会えること教えてくれました」
「夢、とは?」
獲物を見つけた猫のような目で見つめられ、サクヤは深々と息を吐いた。
残っていたお茶を飲み干すと顔をあげた。背筋を伸ばし、居住まいを正して再びマイヤに向き合う。
「……?」
マイヤがらしくなく一瞬呆けた。何か引っかかりを覚えた顔。
「私は、ある女性の人生を夢で見るのです」
サクヤは柔らかく微笑ってマイヤを見た。
「……執務に追われながらも、男女の双子がいて、夫と共に幸せな時間の夢を見ていることをユリウスには伝えました」
マイヤは妙に納得した顔をした。
「……それが誰のことか、分かりました」
反応の蛋白さに、マイヤはアトラスに似ているのだなとサクヤは妙な気持ちになった。
嬉しいのか残念なのか、そもそも誰の気持ちなのだろうか。
「……それは見せられている夢ですか?」
「アトラスと同じことを言うのね」
サクヤは苦笑する。
「二十代頭の女性の目線で見ている夢よ」
「目線……」
マイヤが息を飲んだ。
「ユリウスから送られてくる画は俯瞰であって、目線はありえません!」
「そもそも、ユリウスが見せているならどこまで見ているかなんて、聞かないんじゃない?」
「そう、ですね。なるほど。……だから、セルヴァだったのですね」
マイヤは考え込む顔で、先程のサクヤの言葉を反芻した。
レイナが二十代頭、まだウェスペルがいる頃のマイヤは、巫覡として当人の自覚もなければ周囲も認識していない。その頃のレイナにとって、巫覡といえば母のセルヴァなのである。
マイヤは大きく息を吐いた。動揺を隠そうとしているのが伺えた。
「それで?わたくしはあなたにお会いしたかったと抱擁すれば良いのかしら?お懐かしいと涙すれば良いのかしら?」
「それは無理でしょう」
サクヤのあっさりした返答に、マイヤが面白そうな顔になった。
「陛下が、あの少女の現在なのだと頭で理解していても、子を産んだことこ無い私には自分の娘とは思えません。抵抗があるというか……」
困ったようにサクヤははにかんだ。
「だから、お互い無理な話なのよ」
言い切るサクヤにマイヤが珍しく呆気に取られた。
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