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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
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□月星暦一五八五年六月⑧〈記憶〉

□サクヤ

『父君にはお世話になった。何かあったら力になるよう、言われているんだよ』そんな言葉で、まだ今のサクヤ位だった年若いシモンは見事にまるめこまれた。


「あっという間だった。借金の担保に、大方の土地をコルボーに取られて、今に至るわ」

「担保に?だってそれは……」

「取られたのよ」


 アトラスが口を挟む間を与えず、サクヤは話を続けた。


「そして、私は借金のかたに嫁がされるの」


 妹に劇甘なシモンが、サクヤの嫌がることはしなさそうなものだ。

 そう、アトラスは指摘するが、サクヤは苦々し気に唇を歪めた。


「持参金無しでもらってくれるような奇特な人、他にいないから、ですって。仕方がないわよね。わたしって、穀潰したもの」


 サクヤは割られるのを待つ丸太の一つに腰掛け、だらりと両足を投げ出す。



「だから、『結婚してください』か」

「悪いことかしら?」

「驚いたがな」

 そんな素振りを見せなかったくせにと、サクヤは毒づく。


「コルボーは五十歳を過ぎたおじさま。三年前に奥方を亡くしたばかりなのに、葬儀の一月後には後妻に入れって言いだすような……」

 サクヤは冷めた口調で気怠げに伸びをする。


「だから、レイナに成り代わりたかった?」


 いつのまにか、薪を割る音が途絶えていた。青灰色(そらい)の瞳が、伺うようにサクヤを見つめている。


「聞いたんだ……。兄さんったら……」

 サクヤは溜め息をついて、天を仰いだ。


「荒唐無稽な話よね。笑い飛ばしてくれてもいいわ」

「夢とやらは、今も見るのか?」

「それはもう、毎晩の様に」


 振り返り、目に入ったアトラスの眼差しが思いの外真剣で、サクヤは面食らう。


「信じて、くれるの?」

「さあな。だが、有り得ないことでは無いだろう」

「……」


 こらえて、視線を逸らすサクヤ。

 肯定してくれるのは今まで、(シモン)以外いなかった。


「例えば、最近はいつ頃の夢を見ているんだ?」

「……執務に追われながらも、二人の子供がいて、あなたがいて、幸せな時間。レイナは二十四、五歳かしら」


 それは恐らくレイナが一番幸せった時分。ウェスペルが存命でマイヤがまだ、()()()子供だった頃。


「朝起きて、現実に引き戻されて、何度となく泣いたわ」

「ユリウスも惨いことを……」


 呟くアトラスを、サクヤはきっと睨みつける。


「『彼女(レイナ)』には……、『彼女の体験』には、随分助けられた。そんな風に言わないで!」

「君の人生は君だけの物だ。レイナに引きずられる必要は無い。彼女は……とっくの昔に死んだ人間だ」

「レイナはわたしの中で生きているっ!」


 サクヤはアトラスの真正面に立った。


「おそらく、それはユリウスが見せてるだけのまやかしだ。ただの記録に過ぎん」

「いいえ、あれは『記録』じゃない、『記憶』よ。わたしがこの身体で体験したものではなくても、その記憶と共に生きてきた。本を読んで物語の主人公に感情移入したのとは違う。その瞬間、わたしは確かに『彼女』で、自身の目で見て、話しているの。その体験には感情が伴うの。あれは、わたしの『思い出』でもあるのよっ!」


 その表情が、あまりにもレイナに似ていることにサクヤ自身は判らない。

 目を逸らすアトラス。


「アトラスっ!」

「少し、考えさせてくれ……」


 そう言って、アトラスは背を向けた。


「あなたなら、分かってくれると思っていたのに……」


 絞り出した声は、届かない。

 歩み去る背中を見送り、サクヤは両手で顔を覆う。


 夜、眠りにつけば、またレイナの記憶の中だろう。


 幸せで残酷な夢。

 それが、いたたまれなく今は辛い。

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