■月星暦一五八五年六月⑦〈薪割り〉⑦
サクヤを探すと、館の裏手で薪割りをしていた。
八つ当たり気味に斧を振るうので、無駄な力が入って殆どはかどっていない。
「代わろう」
アトラスは斧を受け取ると、すぐに乾いた小気味良い音を立てて割り始めた。
力ずくで斧を振り下ろすのでは無く、裂け目を読んで刃を入れ、割いていく。きちんと腰を入れるのを忘れない、やったことのある人間の動作だ。
焚き付け用の大きさの薪の山がどんどん築かれる。
「本当に、何でも出来るのね」
サクヤの本来の話し方なのだろう、取り繕うことは随分前からやめている。
立場、身分、そんなものに当てはめれば無礼な振る舞いと咎められる態度だが、アトラスは気にしない。
気にする性分で無いことを、サクヤは知っていると言うべきか。
「この位はどうってことない」
「あなたのような身分の人は、ふつうやれといわれても出来ないでしょう?」
「昔取った杵柄というやつさ」
話している最中にも、規則正しい音は途切れない。
「薪割りなんて、それこそ領主の娘の仕事じゃないだろうに」
「人手が足りないのよ」
乾いた笑いを漏らし、サクヤは穏丘に広がる景色を見渡した。
「昔は、この辺り一帯、見える範囲は全てうちの土地と言えたんですって。今は領主とは名ばかり。自由になるのは、自分達が食べていける分が取れる程度の広さしか無いわ」
「領主なのに、土地が無い?」
「そんな莫迦なと思うでしょ」
節約の為、必要最低限を除いて部屋の殆どが閉じられ、家具には白い布がかけられている。
大部分の使用人にも暇を出した為、出来ることは家主であろうがやらなくてはならない。
少人数で維持するには、先祖から受け継がれてきた館は広すぎた。
「失礼だが、ここ数年で傾いたような印象を受ける」
「正解。十年程前、世界的規模で異常気象だった年があったでしょう?」
「北で大寒波があった年だな(※)」
「世界的にはそっちの方が大問題だったわね。南側では猛暑と水不足が悩みの種だったわ」
「あれはマイヤが視て事前に警告をだしたから、大した被害にはならなかった筈だ。暑さに強い品種や代替植物で対応し、生産量はそれ程落ちなかったと聞いている」
蒼樹星の騒ぎの後、レクスに付き添ってアンバルに戻ったアトラスは、十年振りの帰還だったこともあって暫く月星にいた。正しくは月星から離れられなかった。
故に、南側の顛末は後でマイヤから聞いた次第だ。
「アトラス、それは本島では、の話よ」
意味ありげにサクヤはアトラスを見上げる。
「本島には大きな川も豊富な水源もある。でも、こういう小さな島では井戸水は生活用水。農作物は雨水頼りなの」
知らなかったでしょうと、サクヤは笑った。
「加えてあの年は海流の流れが変わって、漁獲高が激減したの。家畜も牧草が枯れて充分食べられないし、加えて暑さで弱る。当然、島民の食は貧窮。魚は取れない、小麦は無いしで余所から食料を買わなきゃならない。でも、世界的に色々不足で何もかもが高騰してた。国に納める分も足りない有り様で、父はある商人にお金を借りたの」
それが始まりだったとサクヤは苦々しく話す。
「海流異常はすぐに収まったし、気候も翌年には平常に戻ったけど、財政は傾いたまま。その上、父は心労と過労で倒れて、結局帰らない人になってしまったの。突然だったものだから兄がは何も分からないまま領主になって。以来、コルボーの言いなりだわ」
「コルボー?」
「グリース・コルボー。父が借金した商人よ」
お読みいただきありがとうございます
(※)9章「後継者」にでてきた月星歴1576年の大寒波です。
【名前小噺】
サクヤ:朔夜 新月
シモン:聞く
アミタ:おば
グリース:灰色
コルボー:カラス




