□月星暦一五八五年六月⑥〈利用〉
□シモン
「始めは誰もが、ただ想像力の豊かな子供だと思っていました。そのうち、対象が一人の少女の話なのだと理解したあとは、両親も周囲も、子供にありがちな『空想の友人』の話だと考えていました」
真面目に取りあったのは自分だけだったとシモンは語った。
「昨日何があったと夢の内容を語るサクヤの話は見てきた様に鮮明で、知らない名前や行ったはずの無い地名が出てくるようになっていきました」
優しい父、厳しくも温かい母、二人の兄がいる少女。その兄達は同い年だが顔は似ておらず、弟の方は病弱でよく熱を出していたという。
幼いサクヤは現実との区別が付かずに、兄の熱が下がらないといって泣き、薬草が欲しいとをせがむこともあった。
同い年の幼なじみのハイネという名の男の子と遊び回った話。
竜という、翼の無い生き物の背に乗って、空を翔んだ話。
「『彼女』はサクヤより少し年上で、何でも先に経験していたから、サクヤは勉強、稽古事はいつでも優秀。手のかからない娘だったのは助かりましたがね」
何かを思い出したのか、シモンは柔らかく微笑する。
「成長するにつれて、それが誰かの人生をなぞっていることに、気づきました」
辿るのは容易かった。
『彼女』の名はレイナ・ヴォレ・アシェレスタ。
この国の先代の王だった。
「だから、あなたのことも必然と聞いていたのですよ」
突飛な話である。
しかし、誰よりも縁の深い女性の話にも関わらず、アトラスは別段驚く素振りも見せなかった。ただ淡々と耳を傾け、その反応も淡白なものだった。
「レイナの記憶があるということか……」
「全部では無いらしいですが。初めは一歳上位の年齢だったのが、今は五歳程隔たりがあるそうですし」
「それを夢で見る……?」
アトラスは考え込む顔になった。
「君の家系は、アシェレスタに通じるのか?」
アシェレスタはこの国の王族の姓だが、始祖である巫覡アシエラの血を継ぐ者という意味を持つ。
巫覡とは聞き伝える者。
風の歌を聞き、山の声に耳を傾け、大地の色を読み、変化の前兆を捉えて対応する者。
優れた受信者を差す。
「本島……首都アセラから嫁いで来た女性は先祖にいたそうですが、アシェレスタだったかまでは」
「まあ、アシェレスタだからといって巫覡の素質があるとは限らんが。現に直系とはいえレイナは少し勘が良いだけだったしな」
巫覡の資質は血だけで決まるものではないが、傾向は強い。
「……だから、ユリウスは利用した?」
アトラスは呟くが、シモンには意味が解らない。
「妹にとっては、あなたについていけたなら、幸せなのでしょうね」
シモンの口をついて出た言葉は、アトラスには届かなかった。




