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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十二章 鴉の思惑
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■月星暦一五八五年六月⑤〈領主〉

 促されて向かったのは食堂だった。


 女性はてきぱきと給仕を始め、サクヤも手伝って食卓が整う。

 支度が済むと給仕をした女性も同じ席に付き、驚くアトラスに自分はシモンの妻のアミタだと名乗った。


「フェルター殿はお若いが領主でいらっしゃる?」

「シモンで結構です。伝説の人物にそんな話し方をされると、緊張して舌をかみそうですよ」


 本来なら会うこともままならない方のはずだとシモンは微笑する。

 では、とアトラスは口調を改めた。


「これでも、領主となって十年近くなります。それでこの(ざま)なのは、お恥ずかしい限りですがね」


 食事は、領主のものとしては、おや、と思う程度に質素だった。だが、味は良い。スープは薄味だが素材の味をよく引き出しており、香草入りのパンは中は柔らかく、外側は程よい硬さで香ばしい。

 素直に褒めると、アミタは初めて微笑した。


「最初は膨らまないパンや、焦げた肉を出されたものですよ」



 シモンが余計な口を挟み、女性陣に睨まれる。それでも険悪な雰囲気にはならない。その失言も含めてこの男が愛されているのが伺えた。

 どこか憎めないその裏表が無い性質が、家族は勿論領主としても慕われている理由なのだろう。


 食事が済むと、女性陣はさっさと席を立って行ってしまった。他に人の気配がしないので、後片付けも彼女達が自らするのは想像に難くない。

 残された男性陣は、場所をテラスに移した。


「なんというか、順応が早いね」


 名前と月星訛りだけで、『アトラス』を結びつけることは今はまずない。

 その名前、その存在がある種の希望だったのは過去の話だ。

 それも、五十年も前の話。

 そんな人間が、かつてとほとんど変わらない姿で存在しているのを知れば、ふつう人は化け物の類を見る顔になる。『女神の奇跡』や『神秘』などと上位互換されるのは、女神信仰の根深い月星においてのみと言っていい。


 そう、指摘するとシモンは少年のような顔になった。


「大国月星の『タビス』、『アトラス』さま。その英雄譚には子供心に憧れたものです」


 アトラス本人にとっては、若かりし日の苦い経験でしかない。

 いちいち目くじらを立てて否定していた時期もあったが、聞き流せる程度には時間が経ち過ぎていた。


「それに、あなたの事は昔からよく妹が話しておりましたから。まさか本人にお会いできるとは、光栄ですよ」


 聞き流せない一言があった。


「サクヤが話していた?」

「妹のことで、いらしたのでは無いのですか?」

「失礼だが、妹御とは初対面だ」

「……」

「何の話をしている?」

「妹の、『夢』について聞いたのでは無いのですか?」


 互いに疑問形の応酬が続いた後、シモンは困ったような顔をした。


「サクヤは話した訳ではの無いのか……」


 シモンは逡巡し、やがて口を開いた。


「突拍子の無い話なのですがね、サクヤは夢の中でもう一つ人生を送っているのですよ」

お読みいただきありがとうございます

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