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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
一章 国主誕生編
21/374

□月星暦一五四一年七月⑳〈現実 前〉

□レイナ→ペルラ

□レイナ

ーーーーーーーーーーーーーー

 レイナ・ヴォレ・アシェレスタ。


 それが少女の名だった。

 十一歳迄は当たり前に使っていた名前。

 だが、実感がない。


 レイナは、五年前のままに残されていた自分の部屋に閉じこもっていた。


 窓辺に座り込みながら、眼下に広がる青々とした樹々が広がる景色を見ているわけではない。


 何度も何度も、鈍い痛みと苦さを伴って、網膜にこの数日間が繰り返される。


 あの日。


 アトラスと離されたレイナは、入浴の後、身形を整えられてレオニスに面会した。


 レオニスは、謁見の間とは別人の様な態度で少女に接してきた。


 何もかも判ったような顔で少女の頬に右手を寄せ、髪に触れてきた。そして耳元で囁いた言葉。


「どうして切った? 長い方が好きだったよ。レイナ……」


 本当の名前を呼ばれた。

 それが鍵だった。


 記憶の扉は開き、目の前にいるのが兄であることをレイナは思い出した。


 淡い金色の髪の間に見える萌葱色の瞳。


 繊細な象牙色の頬に浮かぶ優しげなこの微笑みを完全に再現して、あの魔物はレイナの心の中に入ってきた。


 不覚としか言えない。

 完全な油断だった。


 まるで呪文の様に繰り返し紡がれた本当の名前。


 夢心地なけだるさの中でレイナの身体はいつのまにかレオニスの腕の中にあり、支えられていた。


 そして、罠に落ちた。


 気付いたときには、身体の自由は奪われ、自分の意思で話すことも出来ない状態にあった。


 等身大の操り人形。


 抵抗も空しく、レイナはアトラスと対峙させられた。


 その後の記憶は曖昧である。


 頭がはっきりしてきたのは、床に倒れて動かないアトラスの蒼白な顔を見た辺りからだ。


 蒼白い顔とは対照的に、鮮やかな血の色がいやに映えて見えた。


 側に落ちている自分の短剣を、血に濡れた自分の手を、そして倒れたアトラスを似比べ、やがて一つの事実に結びついた時、ごく自然に叫んでいた。


 自分の声で自分の叫びを聞いた。


 その後は意志通りに手が動いた。声が出せた。


 ぼんやりとした記憶の中で、アトラスが倒れる間際の言葉は残っていた。


『あいつは、お前の兄なんかじゃない。あいつは、倒さなければ……』


 躊躇いはなかった。


 それが兄ケイネスの存在を消し去ることだったとしても悔いは無かった。


 その先の現実を考る余裕など、ありはしなかった。


 ※※※


 不意に誰かが訪れた気配。


「独りにしておいてって、言っておいたでしょう?」


 窓辺に座るレイナは、視線を外に向けたまま応じた。


 だが、入室した人物は出ていく様子を見せない。

 苛立ちを交えて振り返ったレイナは、そこに毅然とした態度で佇む人物に意外さを覚えずにはいられなかった。


 白金髪を詰め、誰が着てもおかしくないような大人しい形の衣服に、大きなショールを肩にかけている。


 このような装いは城内にいた者でも見るのは五年ぶりだろう。


 自室で大人しく謹慎していると思われていた女性は、やや軽蔑を含んだ眼差しをレイナに向けていた。


「私を覚えていらして?レイナ」

「え、ええ。ペルラ」


 レイナとして自覚し、彼女を認識して向かい合うのは戻ってきてからは初めてだった。


 ペルラ・ブライト。


 ブライト家の傍系の娘である彼女とは歳が近いこともあり、幼い頃は姉のように慕ってよく共に遊んだ仲だった。



 ペルラは頷くと、レイナの目の前まで歩みを進めた。


「あなたは何をしているの?」


 レイナは返答に困った。


 この状態を嘆く理由は、敢えて口にしなければならない程分かりにくいものだろうか。

 レイナの泣きはらした瞳に戸惑いの色が浮かぶ。


「あなたがずっと泣いていたというのは知っているわよ。聞きたいのは何を哀しんでいるのかということ」


 ペルラは冷ややかにレイナを見据える。


「本当に、肉親の死を悲しんでいるからかしら?」

「どういうこと?」

「戻ってきたら、いきなり独りにされた自分の境遇を哀れんでとかじゃなくて?」

「なっ!」


 頭で理解するよりも先にレイナの右手はペルラの頬をはたいていた。


「なんて事を言うのよ!」


  □□□


 ペルラは腫れた頬に手を当てることもせず、レイナを見据えた。


「その元気があるならもう充分よね」


 泣く時間は終わったと、ペルラはレイナに詰め寄った。


「セルヴァ様には会ったの? イルベス様には? アトラスには?」


 首を振るレイナ。

 否定。


 ペルラはレイナの手首をつかんだ。


「来なさい。あなたは自分のしたことの結末を見なきゃいけない!」


小噺


レイナ(Reina):女王

ヴォレ(voler):飛ぶ 

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