◯月星暦一五六六年〜〈マイヤの独白③サイクル〉
◯マイヤ一人称
タビスとは女神の代弁者とされ、月星では特別な神官とされているにもかかわらず、月星暦一五六六年からアトラスは月星の大祭に顔を出さなくなりました。
さすがに三十歳頃の見た目で四十歳半ばを言い張ることに限界を感じたのでしょう。
一五七〇年の大祭の時でしたか。一度アウルム伯父様にアトラスのことを尋ねられましたが、マイヤはうまく返答することができませんでした。
アウルムは深くは追求せず、
「あいつも大変だな」とだけ仰いました。
アウルムは間違いなくアトラスの一番の理解者でしょう。言わずともアトラスの現状を解っているのかもしれません。
一五七三年の月の大祭時、アトラスに言われていた、「ユリウスと魔物は別物か」という問いをアウルム伯父様にしてみました。
返答は回答とは言えるものではなく、「魔物のような方法でユリウスがアトラスを害することはあり得ないから、そこは安心しなさい」というものでした。
それよりも、続けた伯父様の言葉の方がマイヤには気になりました。
「アトラスが支払った代償に、私が還せるものは何か、ずっと考えている」
伯父様の言葉が何を指していたのかは、マイヤには判りません。
「お父様は、支払ったとは思ってはいないのではないでしょうか」
アトラスがアウル厶伯父様を敬愛しているのはよく知っていますのでマイヤはそう答えました。
「そうだな。アトラスはそういう男だな」
そう呟くと、伯父様は少し淋し気に微笑しました。
アトラスより四歳上の伯父様の貌には、歩んできた歳月相応の皺が刻まれています。
その時、アウルム伯父様は、『ウェリデ』という言葉を時が来たらアトラスに伝えよと仰いました。
「時とは?」と尋ねると、「お前なら判るはずだ」とマイヤに向かって意味深に微笑っていらっしゃいました。
※※※
アトラスのあまり表に姿を現したくない心中を鑑みて、せめて拠点にして欲しいと離島にある館を整備し、使ってもらうことにしました。
資料によると、使われなくなって久しい古い別荘の一つのようです。場所がさすがに辺鄙すぎて寄り付かなくなったと思われます。舟でも行けなくはありませんが、竜に乗れなければ不便な場所ですので、使っていたのはアシェレスタなのでしょう。
管理はされていましたが、建物というのは人が使わなくなるととたんに傷みます。改修し、調度品も整えると、住み込みの使用人も何人か雇い入れました。
サンクとハーラ夫妻が実際に住み、使用人達を取り纏めると申し出てくれました。
月星からアトラスに付いてきたサンクも、もう五十歳を越える年頃ですが、あくまでもアトラスの従者であることを貫き通したい意思が垣間見えたので、有り難く受け入れました。
竜に乗れる者を一人入れておけば、連絡も買い出しも案外なんとかなるものです。
以降マイヤはアトラスにかなり頻繁に、事細やかに連絡を入れるようになりました。
ユリウスは直接アトラスに会おうとはしませんが、自分の目的の為にアトラスを動かしたいのは本当のようです。
ユリウスの指示が多ければ、それだけアトラスと連絡をとる回数が増えます。
ユリウスの指示は魔物絡みもありますが、月星側が呼んでいるといった、本当にただの連絡事項の場合もあります。
月星暦一五七六年の大寒波の際、月星に北にある蒼樹星が攻め込むということがありました。それを期にアトラスの現状は月星側にも露見しています。
以降、アトラスが実質後ろ盾になっている従弟のレクスには、用がある時はマイヤを思い浮かべて念じてれば伝わると言ってあるそうですが、彼が思うよりも早く伝えてくれるのは便利としか言いようがありません。
実際、人に取り憑いて何かをできる程の魔物はあまりいないようです。そもそも取り憑ける素養がある人間自体が多くはないというのもありましょう。
魔物の大半は各地の禁域にて聖域の周囲を覆っている為、呼び出されても、成りかけや憑かれそうな人間の対処が主だとアトラスは言います。
アトラスの方にも、一つ用件が済むと館に戻り、使用人に預けたマイヤの手紙を確認するという循環過程が出来上がりました。アトラスの動向を把握できるのでマイヤとしては安心です。
ユリウスのやり方の回りくどい様は、何か時間稼ぎをしているようにも見えます。
付き合わされるアトラスも気の毒です。
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人物紹介
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