■月星暦一五七三年六月⑥〈考察 中〉
マイヤは親指をたたみ、薬指と小指を立てた。
『その四』。
「では何故ユリウスはそんなことをしたのでしょうか」
アトラスは考え込む顔付きになった。その観点で分析したことは無い。これだからマイヤの切り口は面白い。
「その時点で、恐らくセルヴァとレイナの兄、イルベスの死は確定していたのだろう。そこに十一、二歳の少女が戻っても、魔物に憑かれたケイネスに取り込まれるのがオチだ」
「なるほど。お母様が成長する迄の時間稼ぎ、ですか」
「かな。あとは、その時点で魔物の情報を持って行っても、まだ大して被害も出ていない状況だ。まだ竜護星の連中もケイネス御乱心位の認識だった。当時城を回していたモースにすら信じては貰えなかっただろうな」
人は案外被害が目に見えないと動かないものだ。
マイヤがどんなに危機検知を訴えても聞き入れない人間は多々いる。
マイヤは頷き、親指を開いた。
『その五』。
「ユリウスがお父様と伯父様は治してお母様を救わなかった理由、は?」
マイヤの声が僅かに震えた。何年経とうが忘れられない悔しさはあるものだ。
「……ユリウスは人助けをしない。だが奴の目的に、俺は必要ということ、だろう。だから俺の傷は癒した」
ケイネスの件で、アトラスは操られたレイナの剣を受け死にかけた。ユリウスの癒しがなければ、今こうして生きてはいなかった。
「橙楓星の件だが、あの時アウルムは治さねば、後遺症が残り政務に支障をきたしていた。必然的に俺が王にならねばならない状況だった。だが、ユリウスは俺が月星に縛られるのを良しとしなかったようだ」
アトラスの口も重くなる。
「そして、お母様の時は、治さねば縛りが緩み、むしろお父様は自由になる……」
マイヤの口調にも苦いものが混じったが、この話題にはそれ以上は触れずに、指を加えた。
『その六』。
「ユリウスがお父様にさせたいことは?」
「盟約を思い出し、すべきことを為せ」
これは明白だ。ユリウス自身が断言している。
「それで、盟約が何かは判ったのですか?」
「結局、ユリウスは明言しなかった」
吐き捨てるアトラスから漏れ出るのは、空気が震えるほどに押し殺した怒りの気配。
戸惑うも、この際だからとマイヤは尋ねた。
「ーーその盟約は、お父様が齢を取らない理由と関係あるのでしょうか?」
「人の生はユリウスに取っては短い。約束を果たさずにすぐにいなくなってしまうから、肉体の最盛期でとめたそうだ」
「つまり、盟約を実行すれば、時の流れは戻るということでしょうか」
マイヤの問いに、アトラスは少し苦しそうな表情を浮かべた。
「判らん。だが、止まっている刻を戻す方法は聞いた」
「手段はあったのですね」
「ああ。ユリウスは言ったよ。自分を殺せば戻るとさ」
アトラスは吐き捨てるように答えた。
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