■月星暦一五七三年六月⑥〈考察 前〉
「聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
これから始まることを察し、アトラスは頷いた。
マイヤは居住まいを正し、人差し指を立てた。
意味は『その一』。
マイヤは一つ一つを考察し、考えを纏めていく。
巫覡ゆえについつい目に頼りがちになる為、視えないものや視えても判断がつかないものについて、かつてのマイヤは疎かになりがちだった。それらの理解を深める為、モースの後任の現宰相であるセーリオがたたきこんだ方法だ。
「お父様は何故、月星の城を出たのですか?」
いきなり直球がきた。さすがに本当の理由はマイヤには言えないので、アトラスは濁して答える。
「タビスであることに疲れていた時期でな。俺もまだ十六歳だったし」
マイヤは腑に落ちない顔をしたが、アトラスが言及に応じないのを理解したのだろう。飲み込んで中指を加えた。
『その二』。
「禁域である白の砂漠でユリウスに遭ったとのことですが、何故お父様は禁域に行こうと思ったのですか?」
「うーん、神の祟りを知りたかったから?」
「はい?」
マイヤは意味が解らないという顔をする。
「俺はタビスーーこの刻印があるから女神の代弁者だと言われてきた。だが、女神の言葉なんて聞こえたことも無い。ならば禁を犯して祟られたなら、女神を信じられるとでも思ったんだろうな」
あの頃はちょっと病んでいたからとアトラスは苦笑する。
「で、結局神の祟りの正体は魔物だったと言うわけでしたね」
「そうだ。剣、または剣があった場所を中心に半球状の聖域ーー剣が創る結界が生まれる。それを覆う様に魔物の層が出来る。聖域に入るには魔物の層を通り抜けなければならないから、その過程で魔物に憑かれたり精神に支障を来すらしい」
鋭い人間はどうしても足が進まなくなるという。
だが、アトラスはその魔物の層を踏み越えられる。なぜか魔物に憑かれないらしい。
だから、ユリウスの剣を手にする資格があるとされた訳だ。
マイヤは更に親指を加えた。
『その三』。
「お母様の記憶を封じたのもユリウスの手によるというお考えでしたが、その根拠は?」
「本名を呼ばれから思い出したというのが作為的だ。忘れていたのも自分に関することだけと、記憶喪失にしては都合が良すぎた。砂漠の魔物に竜が驚いて墜ち、頭を打ったからーーそれも考えられなくもないが、その割には竜にもレイナにも怪我が無かったんだ。ユリウスが治癒したとも考えられるが、結局ユリウスでなければ出来ない。当時のレイナがさかんに月星への憧憬を抱いたのも、ユリウスの誘導の一つだったかも知れないと、疑えばきりが無い」
「つまり、ユリウスは人間の精神、脳に干渉出来るということですね。巫覡に画を送ってくる位のですから、そうですよね……」
マイヤは考え込む顔付きになった。
「何か気づいたのか?」
「いえ、今は次に行きましょう」
親指をたたみ、薬指と小指を立てた。




