□月星暦一五七三年六月④〈過去語り〉
□視点マイヤ
「再三言っていますが、わたくしにはお父様は視えないのですから、もっと頻繁に連絡を入れてくださらないと」
「悪かった。だが、生存は確認していたのだろう?」
マイヤの文句にアトラスは悪びれない。
「そうですけど、神殿は事後報告しかしてきません。半年は長過ぎます」
マイヤがこんな膨れっ面を見せるのはアトラスにだけである。
「お父様が捜していたのは、やはりユリウスですか?」
「そうだ。人の身体をこんな形のままに出来るのはアイツ位なものだからな」
月星人なら女神の奇跡とでも言いそうなものだが、タビスだからこそアトラスは女神を信じていない。
「それで、ユリウスには会えたのですか?」
「……会った」
アトラスはひどく苦り切った表情で言葉少なに答えた。
「何か、あったのですか?」
「気まぐれに振り回されただけだ」
それ以上は頑なに答えてくれない。
こうなると、アトラスが絶対に口を開かないのをマイヤは知っているので、気にはなったが問い詰めるのは諦めた。
いい機会だからと、マイヤはユリウスのことを詳しく聞いてみた。
ユリウスのことは、魔物退治のお伽噺。竜護星創国の物語であるアシエラ伝に登場し、始祖アシエラに能力を与えた人物であるということ以外は、マイヤの母であるレイナの兄に憑いていた魔物が戻ってくることをアトラスに示し、魔物を廃せる剣を与えたということ。アトラスが月星に縛られることを望まないという理由で毒に倒れたアウルムを救った程度の把握しかマイヤはしていなかった。
知らされていないと言い換えても良い。
「お前には聞いておいて貰った方がいいかもな」
アトラスはそう言って長い話を語リ始めた。
※※※
先ず、アトラスがレイナに会った経緯がマイヤが教えられてきたものと違っていた。
公には当時の王セルヴァーーマイヤの祖母にあたるーーがレオニスことレイナの兄の一人であるケイネスが起こす事態を予見し、昔の伝手を頼ってレイナを月星に逃がしたことになっている。セルヴァがアセルスと交わした盟約に従って、アトラスがレイナを竜護星に送り届けたーーそれが月星との間で史実とされている。
実際には、二人が出逢った月星歴一五三六年当時、アトラス自身も失踪中の身の上だった。
月星の禁域とされる白い砂漠でユリウスに遭い、剣と魔物についての話を聞かされた。
その際、道を示されて進んだ先に居たのが記憶を喪ったレイナだった。(※1)
記憶を封じたのもユリウスの手によるというのが、記憶喪失の不自然さから導いたモースとアトラスの見解だった。
当時十一歳だったレイナがさかんに月星への憧憬を抱いたのも、ユリウスの仕込みではないかとアトラスは疑っているという。
月星歴一五四一年、辿り着いた竜護星で魔物に憑かれたレオニスはレイナによって廃された。(※2)そう、思われていたが、半年後に現れた学者からアトラスは魔物について講義を受ける。(※3)
魔物が憑き、レオニスを名乗ったケイネスの身体は消失したが、魔物自体は剥がされただけでまた戻ってくる。魔物を完全に廃する手段はユリウスの剣だけだと聞いたアトラスは、ユリウスの剣を探すことになった。
その学者も、ユリウスが扮したものだったのだろうとアトラスは推測する。
翌年、アトラスは魔物の蔓延る山を抜け、憑かれることなく辿り着き、ユリウスから剣を授かった。(※4)
その際、ユリウスは次に魔物が現れるのが月星だと予告。
因みに竜護星でレオニスに憑いていた魔物はハイネを依代に戻ってきた所を無事駆除された。(※5)
その年の月星の大祭直前に前王妃ーーアウルム達兄妹の母アリラに憑いていた魔物を炙り出して、アトラスは駆除に成功した。(※6)
余談だが、華々しく月星に帰還したアトラスが、大祭の宴にて大衆の面前でレイナを妻にすると宣言したという珍事は後に歌劇などの題材になっている。
(※7)
次のユリウスとの接触は、月星歴一五四三年、橙楓星が月星の砦を占拠した事件だったという。
橙楓星は事前に襲撃部隊をアトラスとアウルムの元に送り込み、総指揮官を潰した上で宣戦布告という手段を用いた。竜護星まで来た襲撃者をアトラスは撃退したが、重症というの体で欺いて月星に入り、アウルムの振りをして月星側の陣頭指揮を摂った。
一方、毒を受けたアウルムの容態は重篤で、持ち直しても政務に支障がでる程のものだった。このままでは次期国王にアトラスがという事態に、ユリウスが現れてアウルムを癒やした。(※8)
その時ユリウスはアトラスの姿で堂々と現れ、難癖つける橙楓星の使者を追い返している。
ユリウスが他人に扮装できるのを間に当たりし、件の学者も当人だったと確信したとアトラスは語った。
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復習回です
人物紹介
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※1)序章
※2)一章 国主誕生
※3〜5)二章 王女来訪
※6〜7)三章 タビス帰還
※8)七章 偽りの王
各章あらすじ↓
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