■月星歴1573年6月⑧〈恐怖〉☆
結局ズボンもただの布片にされた。
脚の傷痕は特に酷い。
それはアトラスも自覚している。
騎馬での戦闘だと、脚は地に近いだけあって的になりやすい。
「槍に穿たれ、剣で切りつけられ……、これはなんだ?皮膚が剥がれたのか?」
ユリウスが触れている場所にはいやというほど覚えがある。
鐙に挟まれたところだ。アリアンナやレイナに理由を答えたことがあった。そこは広範囲に色が変わってしまっている。
「よく、当時の医療技術で歩行困難にならなかったものだ」
ユリウスが痛ましそうな顔をした。
「へぇ、あんたでも他人を憐れむんだな」
「私はお前を憐れんでいるのか」
嫌味のつもりだったが、ユリウスは不思議そうに首を傾げている。
「そうか。これが憐れむという感情か」
そう言って口角を上げるユリウスを見て、アトラスはため息を吐いた。頭痛がしてきた。
※※※
ユリウスは初めて玩具を手にした子どものようだった。
何がそんなに愉しいのか、笑みを浮かべているのが見て取れる。
アトラスの視力では、輪郭がかろうじて視える暗闇の中、ユリウスである女性の姿だけが何故かはっきり見える。しかし、何をしているのかまでは見えない。
暗闇の中、人の形はしているがヒトではない者に、なすすべもなくなすがままにされる状況。
それは恐怖だった。
戦うことを刷り込まれた身体が、精神が、やり場の無い悲鳴を上げていた。抵抗できないことへの拒否反応。
嬲られる屈辱に、容赦なく弄られる感触に、意に反して物理的に反応してしまう己の身体に、占めていく感情は怒り。
明確な憎しみを込めて白いつむじを見つめながら、いつ終わるとも知れない時間をアトラスはひたすら耐えた。
お読みいただきありがとうございます
アトラス視線で見ると、ただのホラーかと思うんですがね。
次話も【閲覧注意】です