■月星歴1573年6月⑦〈古傷〉☆
猫が小動物をいたぶるような乱暴さで、小柄な女性の姿のユリウスにアトラスは転がされた。
「⋯⋯っぐぁ!」
思わず呻き声が漏れる。
傷めた腕が下にならない様にという配慮はあったが、腫れ上がった腕はどこに触れても痛みが走った。
「後ろには、大してないだろうよ」
枕に顔を埋めてアトラスは呟いた。
ユリウスが傷痕を弄っているのはさすがに理解していたが、意図は判らない。
「矢傷が二箇所。一つは無理やり抜いたな?傷痕が裂けて盛り上がっている。もう一つは矢尻が中に残ったのを、切開して抜き取ったのか。縫ってあるな」
「そうだよ。抜いたら傷口が広がったとめちゃめちゃ怒られたんだ。だから次は触らなかったら、今度はタビスが矢を生やすなと怒られたヤツだよ」
顔が見えないと、少しは口が緩んだ。
「あんたは何なんだ?一体、何がしたいんだ?人の古傷を抉るのが目的か?」
どの傷にも苦い思い出しかない。
ユリウスは答えず、冷たい舌で傷痕をなぞり続けている。
「今更唾を付けて治るもんでもない。放っておいてくれ」
言いつつも、冷んやりとした温度は不快ではないのが、腹立たしかった。
ユリウスが冷たいのか、自身が熱いのか、正直アトラスにはよく判らなくなっていた。
肩にかかる冷たい吐息に、ユリウスも息をして生きる存在なのだなと、アトラスは摩耗した頭で、どうでもいいことを考えていた。
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