□月星暦1573年6月⑤〈始まりの女〉☆
□視点ユリウス
【閲覧注意】
本作にはBL要素は無いつもりですが、彷彿して不快に思う方もいるかも知れません。
また、性的描写のつもりもないのですが、以外同文。
ずるりと、無事な左腕で身体を支えながら、座ったまま、アトラスはまた一度後ずさった。
ぞわりと不可解な感情が、ユリウスの中でまた一つ動く。
これは「苛立ち」だ。
ユリウスは腕を伸ばし、アトラスの胸ぐらを掴むと、腕の力だけで持ち上げて寝台に転がした。
「はっ……?」
アトラスの顔が面白く呆けた。何が起きたか理解できないという表情。
背はアトラスの方がユリウスよりやや高い。よく鍛えられ筋肉質な分、厚みのある身体はユリウスよりも重いだろう。
腕一本、しかも指三本で持ち上げられる人間はおそらくいない。
なかなか見られない、アトラスの呆気にとられた顔が面白いと感じた。
アトラスは起き上がろうとするが、ユリウスが胸をぽん、と押すだけで容易く薄い布団の上に倒れ込む。
折れた腕に振動が響いたのか、アトラスは顔を歪ませた。
ユリウスは馬乗りになると、厚い胸板に触れてみた。
先程持ち上げた時だろう、衣服の一部が破けていた。その隙間から見える肌に、白く浮かぶ傷痕が伺えた。
ちゃんと見ようと、邪魔な布を指先で裂いた。剥ぎ取って床に捨てる。
「おいっ!」
アトラスは逃げ出そうとあがくが、ユリウスが無事な方の肩を押さえ付けると動けなくなった。
露わになった均整の取れた身体には数多の傷痕。そのあまりの多さにユリウスは顔を歪ませた。
「酷いな」
白い指で傷痕をなぞってみた。
「……あんたがセルヴァに見せた未来視の結果だろ」
顔を背けてアトラスが呟く。
「お前がレオンディールとして生きていたなら、あの空っぽの男の執拗な執念で早々に死んでいた」
「空っぽ?前王のことか?」
答えず、傷痕の一つに唇を落とすと、皮膚の下で鼓動が早くなるのがはっきりと判った。
「男と馴れ合う趣味はない」
精一杯、平静を装った声。強がる響きが心地よい。
「注文が多いな」
姉は嫌だ、妻の姿はとるなという。ならばと始まりの女の姿を採った。
肉付きの悪い、痩せた小柄な女。色白の肌に銀色の長い髪は後ろで一つに束ねられている。
「誰……?」
目を瞠り、何かひっかかるという顔。
「いつのお前も、どうせ覚えてはいないくせに」
ユリウスはかわまわず傷痕に視線を落とした。肋骨の上に斜めに長く斬られた跡。深ければ肺や心臓に届いていたかも知れない。
あの空っぽの男は、脳味噌まで空っぽだったのだろうか。もっと惨たらしく罰を与えてやれば良かったと、今更ながらに悔やむ。
そう。ーーこれは「後悔」だ。
傷痕を舐めてみたら、くぐもった声が漏れた。何かをこらえているようだった。
アトラスの吐息が熱い。
骨折による熱が上がり始めているのかも知れない。
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