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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
十章 盟約
189/374

□月星暦1573年6月⑤〈始まりの女〉☆

□視点ユリウス

【閲覧注意】

本作にはBL要素は無いつもりですが、彷彿して不快に思う方もいるかも知れません。

また、性的描写のつもりもないのですが、以外同文。

 ずるりと、無事な左腕で身体を支えながら、座ったまま、アトラスはまた一度後ずさった。


 ぞわりと不可解な感情が、ユリウスの中でまた一つ動く。

 これは「苛立ち」だ。


 ユリウスは腕を伸ばし、アトラスの胸ぐらを掴むと、腕の力だけで持ち上げて寝台に転がした。

「はっ……?」

 アトラスの顔が面白く呆けた。何が起きたか理解できないという表情。


 背はアトラスの方がユリウスよりやや高い。よく鍛えられ筋肉質な分、厚みのある身体はユリウスよりも重いだろう。

 腕一本、しかも指三本で持ち上げられる人間はおそらくいない。


 なかなか見られない、アトラスの呆気にとられた顔が面白いと感じた。 

 アトラスは起き上がろうとするが、ユリウスが胸をぽん、と押すだけで容易く薄い布団の上に倒れ込む。

 折れた腕に振動が響いたのか、アトラスは顔を歪ませた。


 ユリウスは馬乗りになると、厚い胸板に触れてみた。

 先程持ち上げた時だろう、衣服の一部が破けていた。その隙間から見える肌に、白く浮かぶ傷痕が伺えた。

 ちゃんと見ようと、邪魔な布を指先で裂いた。剥ぎ取って床に捨てる。

「おいっ!」

 アトラスは逃げ出そうとあがくが、ユリウスが無事な方の肩を押さえ付けると動けなくなった。


 露わになった均整の取れた身体には数多の傷痕。そのあまりの多さにユリウスは顔を歪ませた。

「酷いな」

 白い指で傷痕をなぞってみた。

「……あんたがセルヴァに見せた未来視の結果だろ」

 顔を背けてアトラスが呟く。

「お前がレオンディールとして生きていたなら、あの空っぽの男の執拗な執念で早々に死んでいた」

「空っぽ?前王(アセルス)のことか?」

 答えず、傷痕の一つに唇を落とすと、皮膚の下で鼓動が早くなるのがはっきりと判った。

「男と馴れ合う趣味はない」

 精一杯、平静を装った声。強がる響きが心地よい。


「注文が多いな」

 姉は嫌だ、妻の姿はとるなという。ならばと始まりの女の姿を採った。

 肉付きの悪い、痩せた小柄な女。色白の肌に銀色の長い髪は後ろで一つに束ねられている。

「誰……?」

 目を瞠り、何かひっかかるという顔。

()()()お前も、どうせ覚えてはいないくせに」

 ユリウスはかわまわず傷痕に視線を落とした。肋骨の上に斜めに長く斬られた跡。深ければ肺や心臓に届いていたかも知れない。

 あの空っぽの男は、脳味噌まで空っぽだったのだろうか。もっと惨たらしく罰を与えてやれば良かったと、今更ながらに悔やむ。

 そう。ーーこれは「後悔」だ。


 傷痕を舐めてみたら、くぐもった声が漏れた。何かをこらえているようだった。


 アトラスの吐息が熱い。

 骨折による熱が上がり始めているのかも知れない。

お読みいただきありがとうございます

次話も【閲覧注意】です

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