□月星暦1673年6月④〈落胆〉☆
□視点ユリウス
【閲覧注意】
本作にはBL要素は無いつもりですが、彷彿して不快に思う方もいるかも知れませんのでご注意下さい。
泣きそうな貌でやめろと懇願するアトラスの姿に、ドクンとユリウスの胸が高鳴った。
遠い昔に忘れてきた感情の蓋が開きそうな気がした。
「今更何の用だ?」
痛みを堪えながらアトラスは問いかける。
「こっちが散々探していたのは、どうせ知ってるんだろう?それを無視していたくせに、今更呼び出して!」
怒鳴り散らすのは痛みを誤魔化す意味もあるのだろう。
「だいだい、この形はなんなんだ?なぜ歳を取らない?お前か何かしたんだろう?」
アトラスは怒っている。それはユリウスにも判った。だが、何を怒っているのかは解らない。
「肉体の最盛期で止めてある。ヒトの身体は脆く劣化も早い。四十歳を越えた頃から口を揃えて言い出すんだ。二十代、三十代の若さが懐かしいとか取り戻したいとか。それを維持していて、何を怒っているんだ?」
「そんなこと、頼んでいない」
当然だ。頼まれていない。
「だが、止めておかないと、お前はまた約束を果たさずにすぐにいなくなってしまう」
「だから、約束って何なんだよ!した覚えも無い約束を言われても、こっちはどうのしようもないんだ!」
またか、とユリウスは思った。今度のは違うのではないのかと、淡い期待をしていた。
この気持ちは「落胆」である。何度も体験してきた。
「なぜ、俺やアウルムは救ってレイナは救わなかった?」
「……お前は、いつでもあの女なのだな」
面白くない。
もやっとしたものが渦巻いた。
この感情は「怒り」だ。
「うるさいな」
ユリウスは煩わしくなって、人間がするように唇で口を塞いでみた。
「……っ!」
アトラスが声にならない声でなにか言っているが無視した。
唇をこじ開けて、脆いところに踏み込んでみたら面白い反応が却ってきた。
なるほど、これは甘美だ。
今度は胸の奥に柔らかな風が吹いた。この感情は何だろうか。
もっと味わっていたかったが、唐突に終わらされた。
「何をするっ!」
渾身の力で押し返され、離される。
無理やり逃れた為、アトラスの唇は切れていた。
何をしてるのだとユリウスは呆れた。
殴って腕が折れるのだから、さらに柔らかい唇など、歯に当たる程度で切れるのは想像に難くなかろうに。
ふと、血の匂いが芳醇な果実の様に香った。
指先で血を拭ってやると、アトラスは恐ろしいものでも見るような顔で後ずさる。
肚の中に何かが湧いた。この感情は知っている気がした。
指に付いた血を舐めてみる。
美味いと感じた。
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