■月星暦1573年6月③〈姿〉
「趣味が悪い!」
開口一番、アトラスは怒鳴りつけた。
「どういうつもりだ?今頃姿を現しやがって。しかも、そんな姿でこんな場所で!」
「おや、お気に召さなかったか……」
イディールの姿をしたその者は不思議そうに首をかしげる。
「私には人の美醜はよくわからないが、この娘は美しいのだろう?」
確かにイディールは美人だ。
似たような部位で構成された顔を持つ身としては、自己陶酔しているみたいであまり認めたくは無いが、アトラスが今まで会ったことのある女性の中では紛れもなく極上の美女だったと言えよう。
「ユリウス、俺に、実の姉をどうこう想う趣味は無い」
アトラスはイディールの姿のユリウスを睨みつけた。
「そういうものなのか。喜ぶと思ったのだが」
少し残念そうな顔で呟くと、輪郭がぼやけ、誰もがユリウスと認識する姿が現れた。
青銀の髪に紫水晶の瞳。どこか中性的な匂いのする人間離れした完璧なその容姿こそ、各別に美しい。
「ならば、やはりお前にはこちらの方が良いのだな」
「やめろ!」
ユリウスが誰の姿をとろうとしているのを察して、反射的に殴っていた。
拳は顎の下にきれいに入った。
通常なら脳が揺れる程の衝撃になったはずだが、全てアトラスに却って来た。
「……………っぐ、ああ!!」
腕が折れた感触。砕けたと言った方が正しいか。
触感は人の皮膚と変わらないが中身がまるで違った。
患部から肩を抜け、脳天にまで響く痛みに思わず膝をつく。肩も外れた様だ。
傷めた右腕を左手で抱えながらもアトラスは懇願した。
「頼む。それだけは、やめてくれ」
夢でもいいから、一目会いたい女性だが、中身がユリウスと解っている紛い物など見たくない。