■月星暦1573年6月②〈二〇二〉
目深にフードを被り、目的の通りに向かう。
日は落ちているとは言え、その通りはより灯りが少なく感じる。
通り自体の灯りは少ないが、角燈を持った女性ーーたまに男性が混ざっているーーが、道の両脇に待ち構える様に立っていた。
露出の多い装いで、婀娜っぽい仕草で声をかけてくる。
「お兄さん、どう?」
「安くしとくよ」
「ご奉仕させてもらいますわ」
交渉成立したらしい男女が立ち並ぶ宿に入っていくのが見えた。
つまりは、そういうことだ。
ここは花街では無い。
店専属の女郎がいる訳では無い。街ぐるみで取り締まる者がいる訳では無い。
女性達はそれぞれ自営業者という位置づけである。
この通りに立ち並ぶのはいわゆる連れ込み宿。
知識としては知っていたが、来るのは初めてである。
こんな場所にアトラスを呼びつける神経が知れない。
アトラスは絡みつく女達の視線と声を無視して歩みを進め、目的の店を見つけた。
※※※
受付には目つきの悪い、痩せた男が店番をしていた。
札を見せると階段を指差した。
「二階の奥から二番目の部屋ですわ。代金は頂いていますよ」
言って、男は下卑た笑みを見せた。
「お兄さん、あんな別嬪さんはなかなかいないよ。いい夢を」
呼びつけた者が「アトラス」の名を出されなくて良かったと思った。その程度の良識はあるらしい。
この国でも前王の伴侶として、それなりに知られている名である。
もっとも、今のアトラスを見て本人とは思う者はまずいないだろう。
アトラス・ウル・ボレアデス・アンブルは五十歳を過ぎている。誰が見ても三十歳頭としか思わない見てくれでは、歳が合わない。
『二〇二』とは二階の二番目という意味らしい。
指定された部屋は、寝台と鏡台が一つづつ。それだけの殺風景な部屋だった。
窓を背に、女が立っていた。
月灯りに照らされて、浮かぶ姿は青味がかった砂色の長い髪。切れ長の目にすっと伸びた鼻梁。
女性自身が発光しているかの様に、薄暗い部屋の中で細部までその容姿を確認することが出来た。
アトラスの記憶にあるそのままの、二十五歳当時のイディールの姿。
ただし目がやけに蒼い。