□月星暦一五七六年一月末⑫〈祈祷〉
□視点レクス
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人払いをした応接室に場所を移して、バオム王とレクスが卓を挟んで向かいあって座った。司令官を名乗っていた叔父のルートとレクスの護衛をしていた黒衣の男がそれぞれの背後に立つ。
「それで御用とは?」
「陛下に用があるのは私では無く……」
レクスは謁見中、ずっと背後に控えていた黒衣の人物を示した。
「お初にお目にかかります。私はアトラス・ウル・ボレアデスと申します。こちらのレクス殿下の叔父にあたります」
「アトラス……殿?」
バオムの、落ち窪んだ眼下の下で、生気の乏しい目が見開かれる。
「そ、そんな莫迦な、アトラス殿は亡くなったと聞いた。それにお齢が……」
「驚かれるのも無理はないと思います。これでも神官の端くれでございましてね。この形も、女神の加護なのでしょうかね」
微笑しながらアトラスは右袖を捲ってみせる。
「痣……。本物……の、タビス……?」
「ご存知でしたか。はい、月星ではこの痣を持つ者はタビスと呼ばれております」
バオムの後ろで、叔父がやはりという顔をした。
「女神の代弁者が、私に何の用です? まさか、月星を侵したと女神の裁きでも加えるつもりなのか?」
バオムは身構えるが、アトラスは首を振る。
「とんでもございません。差し出がましいとは思いますが、陛下は大層お疲れのご様子。心労に効くご祈祷をさせていただけないかと思った次第でしてね」
アトラスは笑みを絶やさず、じっとバオムの反応を伺った。
「頭痛や耳鳴り、幻聴などはございませんか?」
バオムは虚を突かれた顔をした。
「今回の件も、根拠もなく妙にやらなければならないと、強迫観念に駆られたのではございませんか?」
「それ、は……」
覚えがあるらしい。
アトラスは次に王の叔父に射抜くような視線を投げた。
年代も近いこの男の方が、タビスの意味を理解してると踏んだ。
叔父のルートのも思うところがあったのか、賛同する。
「陛下、タビスとは月星では最高位の神官様です。なかなかこんな機会はございません。やって頂いたらいかがですか?」
「そうか。叔父上が言うならやってもらおうか。アトラス殿、お願いしよう」
「では、失礼して」
アトラスは、座る王の前に行くと、屈んで左の掌でバオムの顔を翳した。
レクスも『タビスの祈祷』など知らない。何が始まるのかと興味深く見守る。
「目を閉じて、身体の力を抜いてください。深く息をしましょう」
アトラスに言われるままに息を整えるバオム。すうっ……はぁ……と規則正しい呼吸が繰り返される。
アトラスは空いていた右手で、腰の後ろ側に挿していた白い鞘から剣を引き抜き、いきなりバオムの身体を貫いた。
「なっ……」
「叔父上っ!」
レクスも王のルートも何が起きたか頭が追いつかない。
アトラスはすぐさま剣を身体から抜き、鞘に納めた。その際、半透明の刃から青白い光がちりっと弾けたのをレクスは見た。
お読みいただきありがとうございます
久しぶりに「胡散臭いアトラス全開」です 笑