■月星暦一五七六年一月末⑩〈意図〉
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蒼樹星側の司令官であるルートは、無謀をするタイプには見えなかった。
蒼樹星の国主バオム・アスト・フォリアは数年前に即位したばかりの若い王だったと記憶している。
王の無茶な要望に、諌めて不興を買ったのか、あるいは自ら貧乏くじを引いて赴いて来たのかと通常なら考えるところだが、ルートは蒼樹星の王を案じた。
敗けると解っていた作戦に投入されたことに不満をもらすどころか王への温情を訴えた。
「いっぺんに厄介事が押しかかり、魔が差したのです。隣国ーーましてや月星という大国とは荒立てずに付き合いたいと——本来はそういう方なのです」
「フォリア——ということは王の身内かな?」
アトラスの問いに司令官は叔父だと名乗った。
海が凍り、船が入れず通年なら手に入る食料が入って来ない。
冬を越せないかも知れないという不安に悪くなる空気。餓死者に凍死者。猛獣被害に急激に増える小競り合い、強奪や強盗。山のような要望、陳情と、頭の痛い問題が目白押しだったのは想像に難くない。
そんな時に『タビスのいない今なら勝てるのではないか』といった噂が耳に入った。
『勝てたなら、凍らない港が手に入るかもしれない。そうすれば、もう、悩まなくて済む』と、まともな判断が出来なくなるほど切羽詰まっていたのだろう。
尋問などするまでもない。理由など明らかだと、レクスはルートの要望を受け入れ、捕虜の扱いを徹底させた。
見張りを立てた天幕に集め、食事まで提供した。捕虜の待遇も交渉材料になると考えたらしい。
その後、レクスは蒼樹星側に請求する内容をまとめるために軍議に入った。
結果だけ教えろと伝えて、アトラスもアウルムも軍議には参加はしない。
二人して天幕を後にする。
「……兄上、妙ですよね」
「ああ。理解に苦しむ」
二人足を止めて空を仰ぐ。
しん、と冷え込んだ空に繊月が低い位置に見えた。
三十余年前、ハイデン側の砦を橙楓星に奪られた時は、手段は褒められたものでは無かったとは言え、目的は明確だった。自分達には砦を奪うる力がある。力を持って砦を守りきれたら港を使わせろという要求だった。
今回、勝敗条件だけみれば、砦を取り返せれば月星の勝ち。レクスの初陣を勝利で飾るという目的は果たされた。
だが、蒼樹星の意図が理解出来ない。
砦を返して欲しくば援助しろと交渉するのならまだ解る。
兵力的に砦を奪るので限界だったのは、ルートには解っていた筈だ。
仮に蒼樹星側がニクスを陥としたとして、その先どうするつもりだったのか。乏しい人員で街を制圧出来たとは思えない。兵糧は補充できたとて、月星側の圧倒的な数の人員に取り囲まれて詰む。
レクスは気づいていなかったようだが、蒼樹星側はどう転んでも先が無かった。
敢えて戦い続けた意図。その異常さに、ルートが報せたかった想いを兄弟は見た気がしていた。
追い詰められて魔が差して討って出たと、言うのは容易いが為政者のすることでは無い。
言うなれば、子どもの癇癪に近い。
「やはりか?」
「おそらく」
この兄弟は、それだけで意図することが通じる。
「明日は念の為、レクスに同行しようと思います。誤解を解く良い機会ですしね」
ふと、アウルムの指先が、アトラスの皺のない、張りのある頬にのびた。
「兄上?」
「アトラス、お前、身体は問題ないか?」
「健康そのもの、ですよ」
アトラスは目を伏せて微笑する。
「……異様ですけどね。身体の最盛期で止められてしまったらしい」
アウルムはそのまま、むにゅっとアトラスの頬をつねった。
「いふぁいです」
ふふって笑ってアウルムは指を離す。
「明日は頼んだ」
短い会話を交わすと、アトラスとアウルムは兵を労いに別の天幕に向かった。
遠征先の為ささやかではあるが、終結の祝いに酒が振る舞われている。
新旧入り混じって話が弾んでいるの様子。その和やかな雰囲気は、昔を知る二人には眩しく映った。
※※※
翌朝。レクスがまとめてきた要望書を確認すると、アウルムは朗報を待つと言い残して首都アンバルに戻って行った。
街道の雪が排除され通れるようになると、レクスは捕虜を運びがてら蒼樹星王都フォリウムへと交渉に向った。