■月星暦一五七六年一月末⑨〈陽動〉
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倒れ込む人馬に弓兵の攻撃が的中するのを見計らって、再度反転をした先行隊は、タウロが補佐するレクス率いる本体と合流して追い打ちをかけた。
当然、敵陣からも砦から待機していた兵が追加投入する。
だが、ここまでが陽動だった。
手薄になった砦を、サンク率いる別動隊が『街道北側』から突入する。思わぬ方向からの襲撃に敵側は混乱。砦に戻ろうとする者たちも、ノイが指示する投石部隊によって的確に進路を妨げられ、対処が間に合わない。
弓隊とは別に崖の上に運ばれていた別動隊は、夜のうちに街道側にも崖の上から雪崩を人為的に起こして、通行を遮断していた。
蒼樹星側の軍は馬の鐙に滑り止めを施して海の上を渡って来たとはいえ、補給の馬車は街道を通らざるを得ない。
別働隊は雪で補給路を絶った上で、その雪の塊の陰に隠れて戦局が動くのを見計らっていたという訳である。
時をかけずに砦は月星の手に落ちた。
勝敗はあっけなくついた。
砦を落とされ、挟まれる形になった隣国側の司令官は、潔く敗北を認め武器を捨てて投降した。
宣言通り、地の利を活かして『圧倒的な敗北感を持って、国に帰らざるおえない』状況はたった半日で実現された。
※※※
蒼樹星の司令官は五十歳を越えた真面目そうな男だった。アトラスと同年代である。
連れてこられ、座らされた司令官はレクスとアトラスを順に見上げ、後ろに控えるアウルムを見ると、妙に納得したような顔をした。
司令官はルート・ラーモ・フォリアと名乗った。
ルートはレクスでは無くアトラスをひたと見つめると、自分はどう扱われても構わないが部下達の安全を申し出た。
捕虜となった兵の面々もよく見ると若い者は居ない。予め連れてこなかったのが伺い知れた。
疲れた顔。ろくな物を食べていないのか顔色が悪い者も多い。それでいて、どこかほっとしたような表情をしていた。止めて欲しかったーーそんな風にも見えた。
砦を調べた者は、兵糧の少なさに驚いたという。馬もやせ細っていた。
初めから勝てると思っていない、捨て身の進行だったのだろう。そんな状態でも、レクスが率いていたとはいえ、一週間も月星軍と渡り合っていたのだから、司令官のルートは相当切れ者なのかも知れない。