■月星暦一五七六年一月末⑧〈参戦〉
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翌日はノイの言った通りの冷え込みとなった。朝方には雪が舞っており、戦場となった野には薄っすらと雪化粧が施されていた。
アトラスが連れてきた各部隊の大先輩達が副官に付き、戦局は開かれた。
勝利条件は極めて単純だった。難しく考える必要は無かったのだ。
砦を取り返せれば月星の勝ち。戦場を抜けられ、戦場となっている農耕地の先に控えるニクスの街の城壁が破られれば月星の負け。それだけだ。
兵の大半はタビスの英雄譚を聞いて育った世代である。当人が参戦するとなれば否が応でも士気が上がる。
端的に言えば、負ける気がしない。
※※※
先ずはアトラスがオストを補佐に率いる先行隊が敵陣の懐に深めに踏み込んだ。だが大して切り結ぶこともなく絶妙な頃合いで反転。不自然にならない速さで指定された地点まで走り抜ける。
思わず追いかけたくなる速度。誘い出された相手がその地点を超えるのを見計らって、合図が出される。ノイが仕込ませておいた縄が薄く積もった雪を破って引っ張り起こされた。
疾走する馬は、突然張り出された縄の障害に対応できなかった。
脚を絡め取られた馬は続けざまに転倒。投げ出される騎兵。続く馬も眼の前で倒れた馬をかわせず更に倒れ、混乱する場に崖の上からの弓矢の雨が降りかかった。
雪で滑りやすくなっており、甲冑を着込んだ兵が登れるはずがないと、誰もが思い込んでいた断崖上からの攻撃が、混乱に追い打ちをかけた。
「なんで崖の上から矢が?」
「どうやって崖の上へ!?」
敵側から悲鳴があがる。
月星には竜護星から預かった竜がいる。空からならば悪路を登る必要は無い。
暗いうちに竜を扱えるアトラスと、竜護星出身のハイネの息子のルネが兵を運んで忍ばせていた。
アシェレスタの素質を受け継いだルネは竜を扱う事ができる。
「竜を戦場で使ってはならないのでは?」
作戦を聞いた際、レクス他数名が疑問を呈した。
古参の者達が気持ちは判ると、温かい笑みを浮かべる。彼らも同じ疑問を持ち、同じ驚きをし、呆れたという経緯がある。
竜は戦いの道具にしないというのが竜護星との契約である。
弓をつがえ、戦場を翔けることはできないが、物資の運搬はその限りではないとアトラスは言い、実際に竜は指示に従った。
竜は知能が高い。意にそぐわないことには、それが竜護星国主の指示でも決して動かないというから、契約内という理解になる。
この方法は三十数年前に、別の砦が奪われた時にも使われたのだが、その時アトラスは戦場に『居なかった』ことになっている。
公文書には『ブライト氏の助力により荷を一つ運んだ』とあるだけだから、知らなかったのも無理はない。
竜に騎乗できるのは契約者ともう一人だが、網掛けした荷の形であれば、十人程度は一度に運べる。
その要領で崖の上にが率いる弓兵を一隊、夜のうちに送り届けていた。
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