■月星暦一五六〇年六月二五日〈親心〉
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竜護星の葬儀は至ってシンプルである。
喪主が弔問客の来訪に感謝を述べ、遺族や関係者、弔問客の順で花と蝋燭を供えて黙祷を捧げる。
全員が終えると、喪主が故人の哀悼と祈りの言葉を紡ぎ、棺を墓地へと運んで埋葬する。
その後は、故人を偲んて酒宴となる。
郷に入っては郷に従えともいうが、アトラスは月星式の祈りで故人を悼んだ。ウェスペルの時は竜護星式に従ったのに、である。
アリアンナとネウルスも倣う。
賛否はあったが、タビスの葬送の装いと同じく敢えての線引き。
マイヤは解っているから、少し哀しそうな顔をしつつも受け入れた。
レイナの治世がアトラス無しでは成り立たなかったのは周知の事実だった。レイナが病に倒れた後はアトラスとマイヤで回していたことも知れ渡っている。
竜護星をアトラスが乗っ取るつもりだという、しがない声は以前から聞こえていた。
余計な詮索は要らない。月星の者は後ろ盾に過ぎず、次の国主はマイヤなのだと、正当な後継者を示すためのアトラスなりの意思表示。
「俺という存在は、どこにいても厄介事の種になりかねんな」
早くも新しい王に取り入ろうと近づく諸侯を躱すマイヤを、アトラスは少し離れた位置から見守りながら、珍しくそんなことを漏らした。
女官頭ではなくライの妻として参加しているペルラと、護衛兼侍女としてペルラの娘のウパラがマイヤの側には控えている。
アトラスが近くにいれば、わざわざ線引きした意味が無い。最愛の女性を喪った今のアトラスに、思惑の天秤の調整に割く心の余裕も無い。
「実際アトラス様は有能ですからね、致しかねません」
やはりアウルム様の元で手腕を発揮してもらいたいと、ここでも空気を読まない発言をするのはネウルス。
「ネウルス、あなたねぇ。十代の娘に国を任さねばならない親の気持ちを察しなさいな」
アリアンナが睨めつける。
「十六歳なら充分でしょう。殿下が偉業を成したのは十五歳のときでしたよ」
「時代が違うでしょう」
やはりこの二人はどこまで行っても反りが合わない。
「レイナは自分の力量を踏まえた上で、向かないことをアトラスに任せていたんだ。マイヤは視えるが故に頑張りすぎちゃいそうだから、心配だよね」
アトラスの杯に酒を注ぎながらハイネが言う。
「もう少し、人に頼ることを教えてやりたかったんだがな」
『それが自分の役目だから』。そう、飲み込んでやり続けてしまう思考は危険である。マイヤにはその気があることを否めない。
辛くても、苦しくても、こなせてしまえるからと続けてしまい、気がつけば背負いすぎて壊れかけた自身の過去を思い出し、アトラスは苦い顔をする。
マイヤはものの考え方が、アトラス寄りなところがある。
「せめて、共に歩む配偶者を得るまでは見守ってやりたいと思うのは過保護だろうか」
「それは当然の親心だ」
ハイネは苦笑しながら酒を口にした。
曲がった腰で杖をついてこちらに向かってくる後退した毛髪の人物に気づき、ハイネが反応した。
「爺ちゃん……」
酒宴は立席形式だが、各所に椅子は配置してある。ハイネは老人の為に一脚運んできた。すかさずサンクが酒や軽食等を補充する。
モースは月星の面々に会釈をすると、椅子に座ってアトラスに視線を向けた。
「アトラス様……」
「モース、感謝する」
アトラスも座り、モースと目線を合わせた。
かつて、筆頭医官と宰相を兼任し竜護星を支えてきたモースも八十歳。一線を退いていたが、病のレイナの為にエブルの補佐をしてくれていた。
「あまりお力になれず、残念です」
そう言って、モースは会場の中央に置かれたレイナの肖像画を見やる。
「レイナ様は死期が近いことに、気づいていらっしゃっいました」
「……そうか」
「はい。年が明けた頃でしょうか。『未来視がなくたって判ることもあるのよ』と微笑って……」
その後、レイナは何度か悪化しては持ち直すということを繰り返し、半年近く粘った。その間、一度たりともアトラスには気づいていることを悟らせなかった。
「あいつ、嘘は下手だったのにな」
湿っぽくなる声音を誤魔化すように、アトラスは遺影に向かって酒杯を掲げる。
「献杯」
「「「「献杯」」」」
飲み干した酒は、いつもよりも苦味が強い気がした。
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【小噺】
ウパラ:オパール
ウェスペル(vesper):黄昏 宵の明星