■月星暦一五六〇年六月二日②〈朝日〉
湖の水面からうっすら靄が立っていた。
昇り始めた朝日に、湖面は金色に輝いて美しい。
湖畔の東屋で、アトラスの膝の上に抱えられ、肩に頭を預ける形でレイナは湖に目を向けている。
「綺麗ね……」
レイナの声は囁きに近い。
「竜に乗ったの、久しぶり。昔を思い出した」
「あれは、楽しかったな」
「また、あんな旅がしたいわね」
「そうだな」
叶わないことはお互い解っている。アトラスの、レイナを支える腕に力が入る。
肉の落ちた細いこの身体には、もう生命の重さが感じられない。
「アトラス、私を見つけてくれてありがとう」
「俺を選んでくれたのはお前だろう」
「そうだったかな?」
視線が交わる。
どちらからともなく、唇が重なった。
レイナの腕がアトラスの頬に伸びた。その冷たい掌を支えるように、大きな手で包みこむ。
「大好きだよ」
「知ってる」
「また、私を、見つけて、ね……」
海青の瞳が閉じられる。
「もちろんだとも!アストレア」
わずかにレイナが微笑んだ気がした。
力なく落ちる腕。生命の灯が完全に抜けたことを知る。
アトラスは、まだ温もりを残す額に唇を落とした。
「お疲れさま」
濡れる視界にすっかり昇った朝日が眩しい。