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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
八章 軌跡
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■月星暦一五五八年〜〈嘘〉

 レイナは病に倒れたのは、マイヤが十五歳の年だった。


 医官としても一線を退いたモースに代わり、筆頭医官にはエブルがなっていたが、彼はレイナの病を判別できなかった。


 最初は貧血やめまい、倦怠感や頭痛が続く。疲れが抜けない。そういったことが慢性的に続いた。

 エブルはその都度対処療法を行った。少し早いが更年期に多い症状だと判断されていた。


 しかし、症状は改善されるどころか悪化しているようにしか見えない。


 エブルはモースを呼び出し、その時点でマイヤには結果が()()()しまった。

 

   ※※※


 月の大祭も終え、新しい年の準備が始まろうと動き出す十一月。

 モースはアトラスとマイヤだけにレイナの診断結果を伝えた。

 若くして亡くなったレイナの父シレノスが発症した病と同じものだった為、先例があった故にモースにも判断がついた。


 端的に言って、治せない。


「竜血薬ではどうにもならないと?」

 アトラスは尋ねずにはいられなかった。

 竜血薬は抵抗力と自己回復力を底上げする薬だと、説明を受けている。


「自身の抵抗する力が正常な部分を誤って攻撃しているのです。抵抗力を上げる竜血薬は却って逆効果になりかねません」

「つまり、治すことはできないと?」


 こんな会話をモースと過去にもしたことがある。

 既視感にアトラスは思い出した。

 レイナと結婚してすぐの頃、月星暦一五四三年のことだった。

 橙楓星の悪辣な戦法でアウルムは毒に倒れるという事があった。アトラスはアウルムの振りをして戦局を収拾し、その間に、モースには門外不出の竜血薬をも用いて尽力して貰ったが、アウルムの病状は改善しなかった。

 その時はユリウスが人智を超えた能力をもってアウルムを救ってくれたのである。


「そうだ、ユリウス。ユリウスを探す。彼なら……」

「いいえ、アトラス様。あの時とは状況が違います」

 すぐにでも飛び出して行きそうなアトラスをモースが制した。

「ユリウスも言っていました

。あの時は目的が沿ったに過ぎないと。ユリウスは人助けで動いている訳ではありません」

「だけどっ!」


 実際にユリウスには出来ることを知っている。諦められないのが人というものだ。


「駄目よ、お父様」

 マイヤがアトラスの袖を掴んだ。

「ユリウスはお母様を救わない」

「そんなの、判らないじゃないか!」

 言ってしまってから、アトラスは娘の表情に悟る。

()()、のか……」

 マイヤは涙を浮かべて頷いた。

「お願い。どこにいるかも判らないユリウスを探す時間があるなら、少しでも長くお母様と一緒に居てあげて。その短い時間を大切にして……」

「短い……?」

「この病は、新陳代謝の早い若い方の方が進行が早いのです」

 アトラスは力なく肩を落とした。

 マイヤの直近の未来視(さきみ)は外れない。

「ごめんなさい……」

 マイヤの震える声に、アトラスは我に還る。


 視えてしまうことで、どれほど傷ついてきたかは本人しか知り得ない。だが、その度に落ち込んで来た娘の姿をアトラスは見てきた。


「済まない。お前こそ辛いのに、取り乱した」

「いいえ。だって……。こんな……!」

 マイヤの声が嗚咽に変わる。

 当然だ。

 母親の閉ざされた未来を視て平然としている方がどうかしている。


 腰を落として、娘の肩を抱いてやるとマイヤはアトラスの胸にすがって泣き崩れた。


 しっかりしているから忘れがちになるが、マイヤはまだ十五歳の少女だった。

 アトラスはそっと背中をさすってやる。


「モース、俺は嘘を()く覚悟が出来た。だから……」

「みなまで言いなさるな」

 モースが寂し気に微笑した。

「お伴しますとも」

「マイヤ、お前には強要はしない。だが、黙っていてくれれば嬉しい」

 巫覡の言葉は重みを持つ。偽りを口にすることは、マイヤにとっては人一倍苦痛なのである。


「大丈夫。わたくしもお母様にはずっと笑っていて欲しいから」

 気丈な娘の言葉に、アトラスは肚を括った。


   ※※※


 レイナの病状がモースによって判明した以降、政務の殆どをアトラスとマイヤが担うようになった。

 幸いモースが育てあげ、レオニスの動乱の五年間を乗り越えた官が現役である。

 当時、一時的にファタルに動かしていた首都機能を中心になって回していたセーリオという者が現宰相だった。マイヤは彼らに学びながら、内政を回した。

 アトラスはすっかり副官に収まったライを始め、使者を多用して余程のことがない限り自身が赴かなくても良い形式を整えた。ファルタンの伝手はここでも大いに力強い。

 アトラスが城を完全に空けたのは、大祭の時くらいなものだったろう。


 どうしても王の決裁が必要な印を押すくらいまで、レイナの仕事は減らしたといって良い。

患者への告知は、現実様々な意見があると思います。自分がそういう状況に対面したとしてどういう選択をするかは判りません。

「作中の彼らはそういう選択をした」というだけで、私の意見という訳ではないことをご了承ください。

――――――――――――――――――

【小噺】

第二章〈距離〉よりライの台詞です

「――――竜血薬と呼ばれていますね。万能薬らしいですよ。進行性の病には効かないそうですがね、傷や毒には有効だとか。この国に長寿が多いのも、そのご利益なんですって」

進行性の病には効かないのです

(T_T)

―――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございます

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