■月星暦一五四三年十一月㉔〈予言〉
数日後、フードを目深に被ったアトラスは、モースとエブルと共に帰路に立った。
髪の色を戻せと言ったら、アトラスの髪色は難しいと言われてしまった。黒か茶辺りなら入れられると言うがそれは断った。戻らないのに痛みつけるだけの処置なら、生え変わるのを待つ方がマシである。
せめてもと、いつもの髪型には切り直させた。襟足だけは刈り上げる程に短くしてある。
辻褄合わせはアウルムの方にもしわ寄せが行った。今度はアウルムがアトラスに寄せて短めに散髪されている。
心労で髪の色が抜けたとでも言い訳しようかと、アトラスは本気で考える。竜護星にアウルムの顔を知る者は少ない。それで通るだろう。
陣頭指揮を執ったのは『アウルム』。復帰した『アトラス』は華麗に橙楓星の使者を追い出した。
そういうことになっている。
この数日間のことは話せないのだ。ならば一層のこと、無かったことにしたい。
三人を出迎えたレイナには案の定、大笑いされた。
モースとエブルの痛ましいそうな視線がいたたまれない。
「大変だったんだよ」
「そのようね。何をさせられてきたかは、大体想像がつくわ。お疲れ様」
ぐしゃぐしゃとアトラスの髪をかき乱しながら、まだ笑っている。
砦は奪還し、港街は護られ、アウルムは全快した。
戦場で助力した竜護星の『ブライト氏』は臨機応変に動ける人物だと評価を上げた。
ハイネとアリアンナの祝報が届くの日も、そう遠くないかも知れない。
ユリウスが扮した『アトラス』の使者のあしらいが爽快だったらしく、結果、アトラスは何も喪うことなく竜護星に戻ってきた。
結果は上々と言えるだろう。
アウルムには『盟約』について尋ねられたが、アトラスにはまるで覚えが無い。
過去四回の会話を思い起こしてみても、何かを約束した記憶は無かった。
「何にせよ、帰ってきてくれてありがとう」
レイナが人目も憚らずに抱きついてきた。
「ああ、ただいま」
アトラスはしっかりとその背に腕を回して応える。
「どんな手を使ってでも戻るつもりだたった」
「知ってる」
身体を離すと、レイナは腕を絡めてきた。
「あの朝の続きをしよう」
そのままアトラスは湖畔の東屋まで連れ出された。
少し離れてライとサンクが付いてきている。
あんなことがあった後である。護衛は外して貰えそうにない。
寄り添い、湖に目を向けたままレイナが口を開く。
「アトラスに一つ予言をするわ」
レイナには先代のような未来視の能力は無い。
「聞こうか」
勿体ぶるようにレイナはちらりとアトラスを見ると、再び湖に視線を移す。
「アトラスはね、来年の七月位にお父さんになるのよ」
一瞬意味が解らなかった。
頑なに湖を見続けるレイナの正面に回り込んで視線を合わせた。
はにかむ顔に意味が、感情が追いついてくる。
「レイナ!」
アトラスは破顔し、妻を抱きしめた。
「おめでとう」
「うん」
胸に埋められる顔、背に回される腕の熱が愛おしい。
「愛してる」
こっ恥ずかしくて、はぐらかしてしまう言葉がするっと出てきた。
「ありがと」
レイナの腕に力がこもった。
良かった。
戻って来られて本当に良かった。
アトラスは、今ばかりは心からユリウスに感謝した。
第七章「偽りの王」完
七章の時系列の図解です