■月星暦一五四一年七月⑭〈本名〉
「ペルラ」
レオニスは奥に向かって声をかけた。
ペルラに付き添われて現れたのは白いドレスに身に包んだ少女。
間違えるはずのない見慣れた顔に、アトラスは溜息をつかずにいられない。
「ああ、もう! やっぱり、かぁ……」
予感はしていた。
それでも、何処かで否定したかった。
「礼を言っておこう。この身体が喜んでおるわ」
妹だという。
名はレイナ。
レイナ・ヴォレ・アシェレスタ。
ハイネの話から、そんな気もしていたので、大して驚きはしなかった。
今にして思えば『竜護星』というこの国の名を耳にしたときに気付いているべきだった。
そうすればもっと慎重に事は運んだかもしれない。
「回避しようとは思うなよ」
冷ややかなレオニスの言葉。
言われなくても相手の正体を把握した現在、ライの話以上に少女――レイナがどのような状態に置かれているか、解っている。
アトラスは今、自分と対峙する人物を再度眺めた。
表情を忘れた顔は、生気すらも失われたような錯覚を起こさせるほど蒼白い。
意志をなくした海色の瞳は、見知らぬ土地でただ一人彷徨っていた時でさえ見せた、惹きつける強さがない。
どうするか?
考えたのは一瞬だった。
レイナに剣を手ほどきしたのはアトラスだ。
その癖、技量は知り尽くしている。
更に自我を奪われている為、動きが単純化しているのは他の者と変わらない。
レイナの剣を数回受けてみた。
いつもより単調な剣さばきに思わず舌打ちがでる。
今までこんな剣を教えてきたわけではない。
何回目かに受ける振りをして大きく後ろに退いた。
アトラスのフェイントに案の定レイナは咄嗟の対処が出来なかった。
空を斬る剣に大きく隙ができた。
アトラスは足払いをしてバランスを崩し、その間にレイナの利き手を封じる。
レイナは抵抗するが、続いて左手も壁にたたきつけて剣を振り落とした。
剣は蹴り飛ばして、レイナを身体ごと壁に押し付ける。
お叱りは後で受けようーー心の中で謝って、アトラスはレイナの頬を思い切り叩いた。
「目を覚ませ、アストレア。戻って来い!」
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