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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
七章 偽りの王
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■月星暦一五四三年十一月㉒〈化かし合い〉

 月星側の被害は、当初砦に詰めていた十八名、作業員二人の計二十名の死亡と、怪我人がアウルムと『アトラス』の二名。


 被害者への慰謝料と、医療費、医師への手当、戦場に導入した人数分の日当と食事代、使用した資材の料金と各運搬費、砦の修繕費、清掃費、実行部隊への成功報酬、またアトラスが襲われた時に当国主同伴だったことから竜護星への迷惑料など、諸々を至極即物的に試算し、その約五倍の額を橙楓星に請求。加えて月星への不可侵や破られた場合の罰則など、数点の要望事項も合わせて要求した。


 月星は長く戦いの中にあったものの、言わば内輪もめである為、対外的な基準が判らなかったということもある。

 また、橙楓星の主な収入源は産出する宝石である。ならば財源には困らないのだろうと、強気の請求を提示した。


 ネウルスは宰相と相談の上、提示した内容を元に、交渉することにした次第である。

 ネウルスは、満額は無理でも三倍は毟り取ってやりますと息巻いていた。



 月星と橙楓星の使者との対談は、謁見の間で行われることになった。


 小隊長級迄参列している為、謁見の間は密度が高い。

 相手は吹き矢を使い毒を用いるような国である。

 橙楓星の使者との謁見は、危なくて至近距離で会わせられないという意見の一致からこの形が取られた。


 多くの目に晒されている方が、滅多なことは出来ないだろうという判断である。



 使者はセルバンと名乗った。橙楓星の王の叔父だと言う。

 小柄な体躯で黒髪、目や肌の色素は薄い五十絡みの男だった。


 スールによると、宣戦布告の書簡を持って来たのと同一人物だという。


 儀礼的な挨拶に始まり、ネウルスの進行の元、程なくして本題に入った。


「我王は、月星の要求を全て呑むと申しております」


 芝居がかった口調でセルバンはお辞儀をしてみせた。


「但し、貴方様が本当にアウルム陛下であるならば、ですが」


 ざわめく空気。

「なんだと?」

「失礼だそ!」

 声が飛ぶ。


「実は、アウルム陛下はまだ床に伏せっておいでで、アトラス殿下が代わりを務めていらっしゃるのではありませんか?」


 髪の色も褪せてきている。違和感を覚えていた者も当然いるだろう。


 どよめきが伝播する。


「何を莫迦なことを言うのです?」

 ネウルスが不愉快を露わに一蹴するが、使者は引かない。


「戦場で竜を見たと言う者がいます。竜は扱える者が限られると聞きます。確か、アトラス殿下はお乗りになれるのでしたよね」

「戦場には、竜護星のブライト氏に同行して貰っていました。荷を運ぶのに助力していただいたまでです」


 この時、『王』は意識的に壁際に立つハイネを見やった。『王』の視線につられて、参列者の目が彼に向けられる。


 ハイネ・ウェルト・ブライトは夜襲が成功した翌朝には月星に戻ってきていたが、戦場には行っていない。だが、月星の面々が『ブライト氏』と言われて思い浮かぶのはハイネである。


 セルバンも横目でハイネを確認して、「そうですか」とだけ言い、それ以上は竜について追求しなかった。

 証を立てられない以上、出来ないのだろう。


「では、貴方様がアトラス殿下ではないのなら、その右腕には女神の刻印が無いということですよね。見せていただいても?」


 こんなこともあろうかと、刻印は化粧で隠してある。  

 『王』は黙って袖を捲りあげた。


「私の視力では、例え化粧で隠していてもこの距離では判別できません。近くで確認させて頂いても?」


 セルバンもその程度は想定していたのだろう。当然の要求をしてくる。


「何を仕込んでいるかも判らない貴殿を、陛下のお近くに寄らせる訳には行きません」

 ネウルスが『王』の前に立ちはだかる様に立った。


「困りましたな」


 悩む仕草もわざとらしい。お互い、分かっていながらの化かし合い。


 橙楓星が布告よりも先に侵入して襲撃してきたと確信があっても証拠が無い。

 月星側としても、言及出来ないだけにもどかしい。


「ならば、竜護星にアトラス殿下がいらっしゃるか、確認に行きましょう」


「そうだな。アトラスは今、竜護星にはいない」


 後方から響いた声に、一同一斉に振り向いた。


 青味がかった砂色の髪の人物が、黒衣を翻して大股に歩いてくる。

 一同、その姿に釘付けになった。


「来てくれると思っていた」

 壇上の『王』が破顔する。

「遅くなりました」

 『王』を真っ直ぐと見据える瞳はやけに蒼い。


「ア、アトラス殿下?そんな、馬鹿な……」

 セルバンが判り易く狼狽する。


「そうだ、世の中には似ている人間が三人いると言う。そいつもきっと影武者か何かだ。そうに決まっている!」


 口汚く吐き捨てる態度は最早使者としての体裁も無い。

 アウルムが床から出られない状況を作るという下準備をしたと言っているようなものである。


 『アトラス』は使者のところで立ち止まると、右袖を捲り上げて、ずいと突き出した。


「見たいのはこれかな、使者殿」


 この世に二つとないはずの女神の刻印。


「どうですか?貴殿の目には塗料で描き込んだように見えますか?」


 軽蔑を露わに見下した視線に、セルバンは後ずさった。


「解ったならさっさとね。二度と煩わせるな」

「ひぃっ⋯⋯」


 躓きながら、転がる様にセルバンは走り出ていった。


「隊長、なのか?」

「アトラス様だ!」

「殿下がいらした」


 割れんばかりの歓声が上がった。


 アトラスは今回の戦いに参加していない。

 咎められる道理はあっても、歓迎される意味が《《本人》》には解らない。


 『アトラス』は壇上に上がり、『王』を一瞥した。頷き返すと、ずかずかと奥への扉に消える。


「アトラス様?」

 ネウルスはどうしていいか判らない顔で奥扉を見つめる。


「今日は解散だ」

 『王』は言いおいて、『アトラス』の後を追った。


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