■月星暦一五四三年十一月⑫〈施術〉
「アトラス様、準備が出来ましたのでお越しください」
次にネウルスに呼ばれて向かった部屋には、見たことのある顔が数名待っていた。
神殿の美容関連おもてなし係の神官である。
「何が始まるんだ?」
「アトラス様の御髪を染めさせて頂きます」
机の上には灰、石鹸、小麦粉、酢、サフラン、蜂蜜、卵までは認識出来た。
湯の入ったたらいの他にもよく判らないものが入った瓶やらボウルやらがずらりと並んでいる。
「一度色素を脱いてから、髪に色を入れるのです」
「……鬘じゃ駄目なのか?」
ネウルスに尋ねると、彼も若干申し訳無さそうな顔をしていた。
「鬘は職人が何ヶ月もかけて受注生産しますので間に合いませんし、そもそもアウルム様程の御髪の色は海風星迄行かないと、材料が手に入りません」
月星に多い髪の色はのは砂色や栗色といった、どちらかと言うと茶色系統である。アウルムの様な蜂蜜色は珍しい。
「身体に悪いものは使いませんから、ご安心ください」
神官が断言するが、その言い方だと、身体に悪い材料で染める方法もあるとしか聞こえない。
「本当なら数日かけて、ゆっくり施術したいところですが、なんとかします」
やけに張り切っているのが何やら恐ろしい。
「……好きにしろ」
覚悟を決めて、示された椅子に座った。やけに背もたれが傾いている。
生え際や耳にクリームらしきものを塗りたくられ、目に入らないようにと目の上に手拭いを当てられた。
これでは何も出来ない。
「禿げたら許さんからな。俺は寝る」
アトラスは腹を括った。
乗っているだけとはいえ、竜で最速で翔けて来た身である。しかも明日からは忙しくなるのが目に見えている。
休める時には休むに越したことはない。
古代ローマ人が髪を染めて金髪にしていたと、何かで読んだことがあります。その方法の詳細については、すみません、勉強不足です。ただ、太陽に当てて何日もかけて行ったものらしいので、作中の様な短時間は難しいと思います。