■月星暦一五四三年十一月⑧〈侵入経路〉
次にアトラスと目が合ったのはヴェストだった。
「吹き矢が届く位置まで、敵の侵入を許したのですか?」
アトラスの口調は問いかけだったが、ヴェストには責められているように感じただろう。顔が青ざめている。
「後宮跡地の離宮建設作業員に紛れており、労いに行った陛下が襲われた形になります」
「つまり、通行証の確認を怠ったということか?」
「いえ、作業員の死体は城内から見つかりました。城内ですり替わったのでしょう」
大祭明けで多少の違和感も流された。入れ替わりは事が起きるまで誰も気づかなかった。
襲撃者はその場で自害して果てたという。
「なら、どうやって侵入して来た?」
「死者の都から崖に杭を打ち込みながら登った様です。失敗した者の死骸数名分が死者の都から見つかりました」
城の西側は切り立った崖になっている。その下は死者の都ーー墓地である。
高さと反り具合の険しさから、登れるものとは考えない。
そんな崖登りは相当鍛錬が必要だっただろう。
数登らせて何人か成功すれば良し。成功しても自害。
アトラスを襲った者たちも結構な手練れだった。
顔を晒し、逃げることは考えていなかった様に思える。あの者たちも、任務が成功していても自害していた気がした。
使い捨てという言葉が嫌でも浮かぶ。
事前準備と結果の収支が合わない。
「……莫迦なのか」
思わず漏れた一言に、苦い溜息が同意を示していた。
「兄上と私を削いで、混乱した所を攻め入ろうとした訳か。手が込んでいるというかやり口が汚いというか……」
「隊長も狙われたんですか?」
タウロが驚いたように尋ねる。
「そうだ。暁闇に紛れて刺客が来た。全員倒したとは思うが」
「丁度わたしが到着した時でした。見届け役も倒しましたが、他にもいる可能性も考え、一応竜護星側に協力してもらって、殿下は怪我をしたらしいという体を装って貰っています」
「やはり現れましたか……」
ウィル・ネイトの説明に、現新月十六隊隊長のノイ・モントの溜息が続いた。
「申し訳ありません。アトラス様が負傷というのは、かなり無理があるとは思うのですが、万が一の時はそうするようにお願いしました」
ノイが自分の案だと謝る。「かも知れない」というのは苦肉の妥協だったという。
ノイは戦時中はネウルスの副官として隊を率いていた。
小柄なせいか歳を感じさせないが、すでに三十半ばになっているだろうこの男も、身分を別にしても、素直にアトラスに憧れのようなものを抱いていた。ウィルと同じタイプである。
『無傷のタビス』という、かなり誇張された賞賛を鵜呑みにしているわけではあるまいに、本気でアトラスが倒れるはずはないと信じているような口調である。
アトラスは首を振った。
「そんなことは気にしていない。私だって人間だ。怪我ぐらいすることもある」
「月星の人は、故意に君が生身の人間であることを忘れているような節がある」
ハイネの呟きに、幾人かの抗議の視線が向けられたが、彼は動じない。
「で、あちらさんの要求は?」
「橙楓星との国境の砦が占拠されました。それを今月中に奪還できたら月星の勝ち。出来なければハンデルの港の使用権を認めろと」
ハンデルは橙楓星との国境に近い、月星で一番北東に位置する港町である。
「そこは律儀に布告してくるのか」
アトラスは鼻で嘲笑った。図々しいにも程がある。




