■月星暦一五四三年十一月③〈十六夜隊隊長〉
十六夜隊はアウルム直属の部隊。その隊長がわざわざこの異国の地に足を運んだ。
ただ事であるわけが無い。
「月星になにがあった?襲ってきた連中と関係があるんだな」
当然の質問をするものの、答えが返ってくる前にレイナの声が割り込んだ。
「もう一人居たの?」
レイナの視線の先の茂みから脚がのぞいていた。ハイネたちによって倒されたらしい。
「あれは見届け役です。結果を報告するだけが仕事で、実行役がしくじって捕まったとしても一切関与しない。その、事態さえも報告するだけだと聞いています」
「実行役っていうのが、私たちのところにきた連中なのね」
「そうです。彼らは逆に任務遂行しか無い。捕まれば、その場で自害するそうです」
苔色の瞳がアトラスを見上げていた。
「大丈夫だね?」
さらりと言った言葉。
怪我は無かったかといった言葉が代用される響きだった。
現にハイネに同行してきたウィルは、それ以外の意味など考えなかっただろう。
さすがに問い掛けられたアトラスは間違えない。苦笑して頷いて見せた。
誰よりも秀でた技量を持つ英雄だなんだと持ち上げられてきた男が、まさか剣を振るうことに理由を欲しがっているなど、誰が信じるだろう。
「それにしても、手が込んでるな。徹底しているというか……。組織ぐるみのようだが、どこの連中なんだ?誰が雇ったかまで、どうせ掴んでるのだろう?」
「アトラス様、残念ながら、民間の組織ではないのです。これでも、れっきとした国家の兵士なのだとか」
「なんだって?」
アトラスが思わず聞き直したのも無理は無い。
国同士のことは、例え戦場でも規則がある。まともな人間なら決して考えるわけがない。
答えるウィルの口調も苦いものが混ざる。
「橙楓星の対月星秘密兵器の暗殺部隊なのだそうです。前の王が考え出して、月星内戦時に着々と育成していたようですよ」
「すると、こいつらは俺を襲って月星の力を削ごうと、そう考えたわけか?」
「殺すつもりは無かったみたいです。これから戦を仕掛ける。せめてその間はタビスに出てきてもらいたくないから動けないようにする。それが目的だったようで」
殺されなくても、迷惑な話である。
橙楓星は月星の北東に隣接する国であるが、ここ八十年あまり国交はない。月星に内戦が起きるや、さっさと月星を見限った国である。
「あ、ウィルさん、さっきのヤツは例のものは持っていませんでした」
「そうですか。ーーアトラス様、ちょっと失礼します」
ウィルはアトラスが倒した三人の所持品を確認を始めた。
「例のもの?」
「後で説明するよ」
「ハイネ?」
非常に嫌な予感がして、問い詰めるアトラスだったが、制したのはレイナ。
「詳しいことは、城に場所を移してからのほうがいいと思うけど?」
アトラスとウィルの二人は、返り血を浴びて、なかなか凄惨な姿である。
足元に死体を四つ転がせて、内緒話をするのも全くもってありがたくない。
一同、レイナの提案に従うことにした。