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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
六章 金色の回想
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□月星暦一五四三年四月〈婚礼前夜〉

 婚礼式を翌日に控えた夜、アウルムとアトラスは兄弟水入らずで飲んでいた。


 婚礼も神聖な儀式という括りになる為、潔斎の身にあるアトラスを慮って、飲み交わしているのは白葡萄酒(ワイン)である。

 アトラスの部屋がある神殿に、アウルムが押しかけた形だ。

 隣室に控える従者(サンク)も追い出している。


「母上が海風星に戻ると言い出したのは、驚きました」


 王太后アリアは、アトラスの婚礼を見届けたら、故国に戻る。海風星内政を担当している兄の処に身を寄せるという。

 アリアが言い出し、アウルムは反対しなかった。


「母上もまた、アセルス陛下(前王)に囚われていた気の毒な方だったのかも知れない」


 人を脅威の有無でしか測れなかったアセルスにとって、アリアもまた道具に過ぎなかった。


 王妃として迎えられたが、実際は海風星が裏切らない為の人質同然だったのは想像に難くない。

 その上、タビス強奪の片棒を担がされ、秘密を誰にも言えずに抱えてきた一人である。

 魔物の一件で奇しくも、三人で秘密を共有することになり、荷が降りたのだろう。


「お身体の為にもその方が良かろう。心穏やかに過ごされれば良いな」


 老朽化もあり、アリアの退去後後宮は取り壊されることになった。

 アウルムは跡地に離宮をいくつか建てるつもりでいる。内一つはアトラス用を想定しているが、黙っていた。未練がましいと、言われてしまいそうだ。


 他愛もないことを語らった後、不意にアトラスが真面目な顔をした。


「アウルム、いい加減に俺の王位継承権放棄を認めてください」


 アトラスが押し殺した声で懇願する。


「……俺には資格が無い」

「まだ、そんなことを言っているのか」

「アウルム、俺の名は『()()()()』ですよ」


 アトラスは困ったように微笑んだ。


「『天を支える者』は、『天』にはなれない」


 アセルスが自ら付けた名前。息子として育てるが王にはしない、そんな強い悪意すら感じる。


「私の意思は変わらん」

「アリアンナがいるでしょう」

「女性の身でこの国の王は気の毒だろう」


 アウルムは女性蔑視で言っているのではない。

 女神を神と崇める月星では、女王は歓迎されない風潮が残っているのだ。

 女神の機嫌に障る、悋気に触れるなどと言われ、敬遠される傾向にある。 同親等の男女がいたなら、女性の方が順位が低く扱われる。それが月星の現状である。


 たまたま女王の治世に大きな災害に見舞われたなどといった単純な理由なのだろうが、謂われは根強く残っている。何かあれば、「だから女王は」と囁かれる。


「アリアンナがやりたいなら喜んで譲るが、あの娘は王位は欲しがらないしな」

「それはそうでしょうが」


 アトラスもそれは十分理解しているからアリアンナについては黙るしかない。


 自分も欲しくありませんと不貞腐れたように呟く様が、妙に子供っぽくて微笑ましい。


 だが、何を言われようが、アウルムは要望を受け入れる気はない。王に相応しいのはアトラスの方だと実は思っている。


「いっそうのこと、レイナ殿と両国を共同統治して、私を楽隠居させてくれたら嬉しいのだがな」

「冗談も大概にしてください」


 アトラスが気にしているその血筋の方が、実は正統だからとは言わないでおく。

 言ってしまえばこの弟はまた気に病むのが目に見えているからだ。


 アウルムは色こそ違うが、自分とそっくりな顔立ちの弟を見つめた。

 アトラスがアウルムに似ているのでは無い。アウルムがアトラスに似ているのだ。


 正確には彼らの高祖父にあたる王、モナク。

 肖像画に残るその容姿は砂色の髪に青灰色の瞳をしている。


 王が臨終の床で、後継者に示したのがアンブルだった。

 そういうことになっている。

 王の言葉を伝えた神官がアンブルの母である第一王妃バシリッサの息がかかった者だった。


 ジェイドの遺した手記によれば、第二王妃のレジーナは生前のモナクから、後継者にはジェイドを選ぶと言質を取っていたとあった。


 だからこそジェイド派は不服とした。



 兄ジェイドと弟アンブル。

 翡翠と琥珀という二つの宝石が由来の名だが、掘り下げれば緑色と黄褐色となる。


 当然ジェイド派は陣営の色に緑を起用。

 アンブルは金色を用いてそのままに現在も王家の色とされているが、元来王家を示す色は緑色だった。


 首都もそうだ。


 現在はアンブルに因んでアンバルという名称だが、七十余年前迄はウィリデと呼ばれていた。意味は古い言葉で『緑』。


 政略結婚の第一王妃の息子ではなく、周囲の反対を押し切って第ニ王妃に据えた女性の息子に、王家の色に纏わる名を付けた。


 モナク王がどちらに目をかけていたのか、分かるというものだ。

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