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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
一章 国主誕生編
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□月星暦一五四一年七月⑩〈失望〉

□ペルラ→少女→ペルラ

ーーーーーーーーーーーーーー

「まったく、何で私があんたなんかの世話をしなきゃならないのよ」


 文句を絶やすこと無くペルラは少女の髪を拭く。


 服はペルラ自身のものを提供したが、少女には丈が長すぎる上に胸の辺りが緩すぎた。

 続けてあてがったものはやや大人っぽすぎるがサイズは合う白いドレスだった。


 前にこの部屋を使っていた人物のものだが、もう着ることは叶わないのだから構わないだろう。


 決定。


 似合わないけど仕方がないわねという心中をペルラは隠さない。


「にしても、レオニス様のお戯れもすぎるわ。何をどうしてこんな薄汚い小娘をお手元におくなんて……」


(薄汚い小娘?)


 ペルラは自分の言った言葉を反芻する。少女の顎に手をやり、顔を上げてよく見てみた。


 少女は不機嫌に唇を閉じ、ペルラをにらみつけるが彼女は気に留めなかった。


 少女紅味がかった亜麻色の髪を短くしているために男の子のような印象を受ける。

 髪よりやや濃い眉はくっきりと刻まれ、海青色マリンブルーの瞳は強い意志に彩られていた。


 全体的に見ても、素直に笑えばなかなか可愛いとは称せる顔立ちといえる。


 ペルラはどこかで見たことのある様に思えた。

 過去にかなりに身近にいた人物が思い浮かんだ。


「あなた、名は?」


 返答を聞いたペルラは顔をしかめる。


「アストレアですって? ほんとうに?」

「本当の名前なんて知らない! アトラスが、そう呼んでくれたの。だから私はアストレア」

「つまり、自分のことが分からないってこと……?」


 扉が開く音がした。


 部屋の主と悟ったペルラは彼の元に駆け寄った。


「レオニス様、ご存じであの娘を?」

「見間違うはずがなかろうが。あの娘は……」


 言いかけて、レオニスの視線は隣りの部屋から現れた少女の姿に止まった。


   □□□


「やはりお前には、そのような装いの方が似合う」

「……まるで私を知っているような口振りね」


 少女は自分自身が何者かも分からない。

 知ったかぶりで話すのこの男が気に障った。

 苛立ちにを露わに、挑むような視線をレオニスに投げかけた。


 少女は懐に、ペルラの目をかすめて手にした自分の短剣を隠し持っている。   


 これは入城の際にも見つからずに持ち込めた唯一の持ち物だ。


「レオニス様、彼女記憶が……」

「分かっておる」


 レオニスは少女に歩み寄った。


「かわいそうに。どこで記憶を落としてきた?」


 レオニスはそう言うと、少女の頬に右手を寄せた。

 少女の身体が強ばる。

 振り払いたいのを必死に堪えていた。


 レオニスは頭部まで手のひらを動かし、少女の髪に触れた。

「どうして切った?長い方が好きだったよ」

 そして耳元で囁かれた名前。


「※※※」

「何? 今なんて……」


 惑う少女にレオニスは微笑みかけた。

「お前の名だよ。聞き覚えがあるだろう?」


 レオニスの声は心地よく少女の耳に流れてくる。


 確かに聞いたことがある。

 そう、呼ばれたことがある。

 いつ? ここで? 誰に?


「そうだ、私の名前。私はそう呼ばれていた……」


「では、私のことも分かるね」


 レオニス?

 知らない。そんな名前。


 少女は夢心地なけだるさの中でレオニスを見つめる。


 淡い金色の髪の毛の間に見える萌葱色の瞳。

 繊細な象牙色の頬に浮かぶ優しげなこの微笑みを知っている?


「分かるね?」


 繰り返される紡がれる言葉に瞼は重く、閉じられていく。


 少女の身体はいつのまにかレオニスの腕の中にあり、支えられていた。


「お休み。次に目を覚ました時を楽しみにしておいで……」


   □□□


 日没を迎え、食事に起きてきた少女を目にしたペルラは、失望を隠し得なかった。


 少女は、城にいる多くの者と同じ様な瞳でペルラを見ていた。


 人形のような、決して裏切らない偽りの忠誠を誓った顔は、本来の自分をどこかに忘れて来てしまったように見える。


「レオニス様、今のあなたにはあの娘でさえの同じなのですか?」


 ペルラの問いかけは寂しげな響きを宿していた。

「私、あの娘だけは違うのだと思っていました。あんなにも待ちわびていたのに、いつもあなたはあの娘だけを見ていたのに……」


 変な話だとペルラは自身に呆れつつも問わずにはいられなかった。


 明らかにおかしいと分かっていることも、レオニスのすることだからと全て黙って受け入れてきた。そのはずなのに、何を今更言っているのだろう?


 五年前のあの日、レオニスは言った。

 自分に従え。黙ってついてこいと。そうすれば一人の女として自分の側に置いてやると。


 それが意味しているのがペルラ個人を目的に向けられていたわけでもないことも分かりきっており、レオニスのしたこと、しようとしていたことも常識に反することと理解していた。


 それでもペルラは手を取った。


 愚かなことは承知の上だった。だがレオニス……いや、ケイネスに言われたという事がペルラにとっては必要であり、それゆえに誓ったはずだった。


 疑問は持たないと。


 たとえ持っても、レオニスの意志として割り切り、ただ従うと。


 なのに今、敢えて問いかけてしまうのは、昔から彼を見てきたペルラだから知っているケイネスの一途なまでの思いを考えてしまうから。


 彼が少女を見つめるときに宿していた、ひたむきなものを知っているから。


 レオニスはペルラの問いには一切取り合わなかった。


「もうすぐあの男がここへ来る」


 冷淡な口調でレオニスは告げた。

 その白い顔にはある種の期待に満ちた残忍な笑み。


「おもしろいものが見られるだろう。だが、何があってもお前は手を出すな。これは、命令だ」

お読みいただきありがとうございます

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