□月星暦一五三六年二月⑫〈指示〉
アウルムはアセルスを一瞥した。表情の無い、何とも思っていない顔。
「壊すだけ壊して、二週間もほったらかしですか?」
非難が顔に出ない様に、口調に滲まない様に、自制心を総動させてアウルムは問う。
「儂は戦いの世しか知らん。あとはお前の仕事だと言っただろう?」
「っつ……」
本当に、アセルスはアウルムを監視する為だけに付いてきたらしい。
ならばとアウルムも肚を据えて肚を括る。
「資材も物資も足りない。神殿に要請。宰相にも連絡を取り、商人の手配を。流通を復活させよ」
「商人は金がなければ動きません」
「そんなもの、あそこに残ってるだろう」
指差すのは、城と貴族街区。
短時間で全てを持ちたせた筈もなければ、野党の類が入り込んだとしても根こそぎということもあり得ない。
判りやすく金目のものは奪われていようが、例えば、装飾のタイル一つ取っても、判る者には金になる。
また、嵩張るから残されていよう夜会用ドレスの類は、真珠やら宝石やらが縫い付けられており、宝物の山である。
貨幣、金銀、宝飾品だけか価値あるものでは無い。
『今は亡きジェイドの』とでも煽り文句をつければ、付加価値が付き欲しがる者は現れる。
「商人の件は私が承りましょう。伝手があります」
声をあげたのは五大公の一人に数えられるオスト・レヒト・デクシア。王に意見出来る程の重鎮がアウルムの指示を支持した。
「陛下の護衛は数人で事足りるだろう。あとの者は瓦礫の撤去と生存者の捜索を! 馬車が入れるようにせよ」
「壊したのなら、片付けるまでが仕事ですな。軍部が担いましょう」
軍部統括のヴェスト・リンク・ゴーシュが請け負う。彼もまた五大公の一人である。
命じられたから従ったものの、この状況を快く思っていなかったのが判る顔をしていた。
「でしたら私は、ヴェスト殿と共に動き、被害が少ない修復が可能な建造物を判別しましょう。職人の手配を致します」
王の弟、現在は臣下としてノルテ・ノール・クザンを名乗る伯父が口を開いた。婿入りしたクザン家は土木、建築方面に精通している。
「陛下、よろしいので?」
「好きにさせとおけ」
なぜ我々がジェイドの者の為にと呟く声が聞こえたが、無視する。
「遺体は一箇所に集めて埋葬。病の温床になるぞ」
「負傷者を見つけたら中央神殿へ。救護場所になっているそうです」
一走りしてきた弓月隊員か報告する。
決して住民に手を出すなと厳命し、矢継ぎ早に指示を出したアウルムは城に向けて足を進めた。
「ウィル、お前は城の中のありとあらゆる資料、肖像画の類をを集めて私の部屋に運ばせろ」
隣に並ぶ副官に小声で指示を出す。
「肖像画もですか?」
「ちょっと、気になることがある。なるべく人目に触れないよう、持ってきて欲しい」
ウィルが怪訝な顔をしていたので、アウルムは補足した。
「ジェイドの東での政について知らねばならないだろう? こちらを治めていた者たちの人柄等も知りたいんだ。意見が合わずに敵味方に分かれてしまったとはいえ、遠い血族には変わりない」
「解りました」
「内密にな。色々煩いから。商人に奪われる前に急げよ」
実際の理由は別にある。
肖像画に残るアウルムの高祖父にあたるモナク・コーズ・ボレアデスは青味がかった砂色の髪に青灰色の瞳、顔立ちはアウルム、アトラスに良く似ていた。
アンバルの城にはジェイド・ウェヌス・ボレアデスの肖像画は燃やされ、残っていない。
だが、先日対峙したライネス・ジェイド・ボレアデスはアトラスとよく似た髪をしていた。アウルムからは遠目で瞳の色はよく判らなかったが、もしかしたら青灰色だったかも知れない。
本拠地なら家系の肖像画は当然あるだろう。アトラスに似た顔がそこには描かれているかも知れない。
余計な憶測を残すわけには行かない。アトラスを脅かす不要な芽は、摘んでおかねばアウルムは安心出来なかった。