□月星暦一五三六年二月⑩〈視察〉
ジェダイトの街はアンバルの東、白の砂漠の更に東に位置する。
入れない砂漠を迂回し、補給部隊の馬車を引き連れた緩慢な足では、着いた時には正午を過ぎていた。
この街は元々、風光明媚な保養地だった。
近くには温泉も湧き、物流の中継点としても運用されていた関係で、賑いがあったという。
ジェイドの母、レジーナの実家の別荘があった宜みで、仮首都として整備された。
土地に高低差が少なく、街を囲む壁の外の二重の堀で防衛を強化してあった。
城と呼ばれる建物も、その別荘を改築、増築したものの為、遠目では尖塔位しか判別材料がない。
それが今や瓦礫の山。
面影無く、破壊し尽くされ、見る影もないというのはこのことを言うのだろう。
「これはひどい……」
「これはむごい……」
アウルムとタウロの声がはもった。
二週間前、アセルス率いる軍は、あの戦場から直接向かった。投石機等かさばる物はなかったはずだ。
人力だけで、ここまで破壊し尽くせるものなのかと、そこまでを命じたアセルスという男の執拗な執念があさましい。
行った方も、勝利という熱に浮かされていたとはいえ、その命令に、行為に疑問を持たなかったというのかと思うと、人間とは恐ろしい。
至る所に、崩れて積み重なった瓦礫、瓦礫、瓦礫。
美しく整備されていたであろう街路も、馬車は入れない。
数日の滞在も想定して連れて来た補給部隊の馬車は入れそうにはなかった。別の入口があれば、そちらから。無理ならば門の外での待機を命じた。
補給部隊は神殿関係者である。何かあっても腕は立つ。
二手に分かれた一方、騎馬と徒歩の一行は大通りらしき道を慎重に進む。
「住民は、どうなさったのです?」
アウルムは問いかける声が震えるのを止められなかった。
「どうして、民の住居迄が壊され、姿が見えないのですか!?」
アウルムが怒る意味が、解らないという顔でアセルスは一言、発した。
「……ジェイドの民だ」
「違います!彼らは月星の民だ。ジェイドがここを治めていたからここに来たわけではない!ここに元々息づいて来た者の子孫だ!!」
そんな事も解らないのかと、表情の無いアセルスの顔をアウルム睨めつける。
「陛下、ジェイド側の王を倒したということは、その欠けた穴を代わりに担うということですよ」
アウルムの声が大きくなる。
「この七十五年間は、月星をどちらが統治するかという戦いだった。民には選択権などなかった。たまたま線引された土地の、どちら側にいたかでしか無い。陛下を憎んでここにいた訳では無い。そんなこともお解りにならないのか、あなたは!」
「アウルム様」
副官のウィル・ネイトが嗜める口調でアウルムを呼んだ。
これ以上は危険だという意味に、アウルムははっと、我に返る。
謝るべきか。
だが、それは否を認めることになる。アセルスにアウルムを断罪する口実を与えかねない。
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