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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
六章 金色の回想
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□月星暦一五三六年二月⑨〈祝賀会〉

 十日後に開かれた祝賀会。

 通常は城の謁見の間で行い、功労者を労うが、今回は、七十五年に及ぶ内戦集結を祝う特別な祝賀会ということで、王立セレス神殿の聖堂を会場とした。


 アトラスは弓月隊の隊服で出席した。アセルスはその装いを見て、露骨に顔をしかめる。

 わざわざ神殿で行うのだから、神官は神官らしく神官の衣装を着ていろという顔。


 場所はともかく、これは神事では無い。

 アトラスの選択は正しい。


 アセルスは硝子玉のような顔で、一番の功労者であるアトラスを労い、華美に賛美した。


 アトラスは式辞(スピーチ)を求められ、感謝を軍部の全てに捧げ、労をねぎらった。自身のことには触れず、女神という言葉は一言も使わずに締めくくる。


 アセルスにはそれも面白くなかったらしい。


 一言、アトラスが女神を讃える言葉を使えば、言葉尻じりを捻じ曲げて、さすがはタビスだと、これからは女神とともに神殿に生きる覚悟なのだとかなんとか丸め込んで、神殿に閉じ込める思惑が透けて見えた。


 本当に何も見ていないのだと、アウルムは冷たい視線をアセルスに向けていた。


 親を騙るくせに、アトラスが女神に感謝する筈がないことも解らないのか。

 アトラスは女神に助けられたなどと、一片たりとも感じていない。むしろ、あんな痣を与えられて迷惑にしか思っていないだろう。


 過去の祝賀会、帰城から開催迄の数日間、それはアトラスが怪我を癒やすために設けられていた期間であった。

 表向きの理由通りに女神に祈りを捧げていたと信じていたのかと思うと、呆れ果てて物が言えない。


 式辞の締めくくりに、形式的でも女神を感謝する場面で、アトラスが女神を強いて無視したのは、恨み言が口を吐いてしまう確信があったからだろう。


 忠告をする機会はなかったが、弟が一つ乗り切ったことにアウルムは安堵する。


 場所を城に移して宴が始まった。

 吐き気や目眩は治まったようだが、あまり食事に手を付けていないアトラスに、副隊長のタウロと護衛兼従者のテネルが付き添っていた。


 アウルムは忠臣の顔で褒めちぎりながらアセルスに酒を勧める。アセルスは豪快に飲むが強くはない。すぐに顔が赤らんでくる。


 見計らって一つ提案をしてみた。


「近々、ジェダイトの街を視察して来ようと思います。私はあの時は赴きませんでしたから、一度確認しておきたく思います」

「残党が戻ってきているかも知れませんしね、必要だと思いますよ」


 十六夜隊の副隊長ウィル・ネイトがアウルムに同意する。

 信用に値する副官である上、タビスに一種の幻想を持っている男なので計画に引き入れた。


「そういうことなら、自分もーー弓月の者も同行して良いですか?」


 タウロが自然に混ざってきた。


「首都を名乗ってた街がどれほどなものか、興味ありますわ」

「なら、アトラス、お前も行かないか」


 断ると解っているが、アウルム敢えて声をかけた。弓月隊の副隊長が行く気であるこの場で誘わないのも不自然だからだ。


「行きません」


 予想通りの拒否だったが、その口調が思いの外強く、空気に冷たいものが走る。


「アウルム様、もし本当に残党が居たら、隊長は一番に狙われちゃいますもん。行けませんよ」


 タウロがすかさず修正に入った。


「そうだな。すまんな」


 アウルムはアトラスの頭をくしゃくしゃにかき回した。

 やめてくださいと逃げる仕草が十五歳の少年相当で安心する。


 黙って様子を伺っていたアセルスがのそりと動いた。


「そういうことなら、儂も同行しよう」

「陛下もいらっしゃるんですか?」


 意外という口調でアウルムは驚いてみせる。


「儂が行くと、なにか都合が悪いのか?」

「滅相もありません。光栄ですよ」


ーーかかった。


 アセルスが疑心暗鬼の単純な男で助かった。

 アウルムが自分の目の届かない場所に誰かと向かう。それだけのことがアセルスには何か画策している様に映るのだ。


 実際、画策しており、アセルスにはばれているのかも知れないが、神殿関係者を味方に出来る状況である以上、問題は無い。


 アセルスは当然自分の信のおける者を同行させるだろうが、概ねの数は把握している。こちらは十六夜隊、弓月隊から吟味した人員を連れて行く。

 あとは大神官に伝えて、手筈通り神殿関係者に適当なタイミングで残党を装って襲撃してもらえば良い。 


 事が起きればこちらで対処する。それだけだ。


 タビスの為であるなら神殿側は今回アウルムを裏切らない。

 その数に勝てる勢力は地上のどこを探しても無いに等しい。


 アウルムは女神とタビスという幻にすがる人間の想いの強さを正確に理解していた。

お読みいただきありがとうございます

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