□月星暦一五三六年二月⑤〈作戦〉
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「アウルム様、何が案があるんでしょう?」
押し黙った大神官に代わり、タウロが問う。
アウルムが王に追従せずに弓月隊を巻き込む形で街に戻り、不自然で無い形をわざわざ作って、神殿で内緒話をしているこの状況の意味。
タウロも弓月隊の副隊長を任されるだけの男である。『戦略』という盤面に置き換えると理解が早い。
「アトラスーータビスは戦場では珍しい一騎討ちにという形でジェイドの将を討った。この事実を広める。王が帰城する前に出来うる限り広く多く」
タビスは存在自体が女神が近くにいるという希望の証でもある。
そのタビスが敵将を討ち取ったとなれば、『流石はタビス』という英雄譚が民に植え付けられる。
大きな民意の前には、例え王でも無碍にできなくなる。タビスに無闇に手を出せなくなる。
「だから、街の防衛強化なんですね」
街に繰り出す口実が出来た。街中で隊員に拡散させれば良い。
「こちらも各神殿に至急遣いをやりましょう。礼拝の説法を始め、あらゆる手段で流布させていただきます」
「宜しく頼む」
神殿はタビスを護る以外にも、情報網広さと人手の多さが頼もしい。
首都に今、アセルスは居ない。王が留守のうちに体制を作らねばならない。
「話は大きい方が良いでしょう。国外にも広めましょう」
「伝手があるのか?」
「御刻印の御子がどこでお産まれになっても、その情報がすぐに得られるように、女神信徒は各国各地に居ります。タビスの為でしたら喜んでお役に立ちましょう」
さらりと恐ろしいことを聞いた気がするが、アウルムは重ねて宜しくと言うに留めた。
「しかし、いつから考えていたんです?」
タウロは指摘する。
アウルムが戻ると進言するまでの決断が異様に早かったと。
「ずっと考えていた。アトラスが最前線に投入される度に、怪我を隠しているのを見る度に、道具の様に使われる様を見る度に。もし倒れたら、戦いが終わったらあの子はどうなるのかと」
ここにいる面子は、痛ましいまでのアトラスの頑張りを知っている。
「いっそうのこと、アウレム様が王になって下されば良いのに」
タウロの言葉は些細な呟きだっただろう。
何がが晴れた気がしたのはアウルムだけでは無かった。大神官もまた、はっとした顔でタウロを見つめた。
「本気ですか?」
二人の顔を見てタウロは引き攣った声を出す。
「……あの方の出方次第だが。そうでなくとも、この国では王位の生前譲位も認められている」
「タビスを御守り頂けるのであれば、神殿は協力を惜しみません」
大神官も、聖職者にあるまじき発言を大真面目にする。
神殿が護りたいものは『タビス』であり、アウルムが護りたいものは『アトラス』である。微妙に目的は異なるが、二者が同一人物を示している故に、神殿の存在は頼もしい。
「アウルム殿下が過度な弟想いで助かります。弓月隊は隊長の為なら動きますとも」
当時まだ十一歳の少年が、剣を手に弓月隊に放り込まれた時から、タウロは、弓月隊の面々は、彼を支えることを決めた。
子供ながらに己のに使命に向き合う姿に、任務を全うしようとする姿勢に、周りへの不器用な気遣いに、歳に見合わない技能に、痛みに耐える相貌に、折れない毅さに魅せられた。
惚れ込んだと言っていい。
「弓月隊は隊長の為にあるのですから、良いようにお使いなさい」と、常日頃アトラスに言ってきたのだ。
その弓月隊が、アトラスの為に動かないわけがない。
アウルムは仮定の話だと微笑い、とりあえずタウロには、いつもより頻度を上げて十六夜隊に顔を出すように頼んだ。
タウロはその磊落さ故に、隊の垣根を越えて常日頃からあちこちに顔を出し、知り合いも多い。
アウルム側から接近すれば怪しまれる可能性があるが、タウロからならば不自然でない。
二人は各隊に戻り、打合せ通りの指示を出すと、留守を護っていた守備隊と合流した。
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