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第7話 いや、ただの俺の我侭だ

 あれから数日が経った。

 いつもの酒売りを終えた俺は、アリスフィアに指定された場所へと急いでいた。

 思ってたより時間がかかってしまったな。

 今日の稼ぎが入った袋が腰元で大きく揺れる。


 到着したのはあの日彼女に初めて案内してもらった小さな酒場だ。

 初めに来た時には気付かなかったが、入り口の扉を引くとギイと大きな音が目立つ。


「すまない遅れた。閉店間際に立て込んでしまってな」


 声を掛けた近くのテーブル席には当然ながら先客が居た。


「そうだったのね。今日は来てくれないのかと思ったわ」


 アリスフィアが冗談めいて言う。


「やあ、クレハ君お疲れ様。こちらへどうぞどうぞ」


 彼女の隣には先日会ったばかりのジラルドが座っていて、俺の着席を促した。


「なるほど。ここが言ってた元酒場だったのか」


 腰掛けた後ジラルドに向けて言うと彼は頷いた。


「さて、早速だけれどクレハ」


 アリスフィアが俺に視線を向ける。


「ああ。この間の話の続きだったよな。人を品定めをするような真似までして、二人は俺に何をさせたいんだ?」


 俺が彼らを交互に見ながら尋ねると、ジラルドは小さく手を挙げた。


「では僕から話そう。アリス君もいいね?」


「ええ。私はただの協力者だもの」


「クレハ君、君にはこの店の再興をお願いしたいんだ」


 ジラルドは眼鏡を押し上げる仕草をしながら、とんでもないことを言い始めた。


「待ってくれ。なぜ見ず知らずの俺になんだ? おい、アリスフィアも何か言ってやってくれ」


「あら、私もジラルド側なのよ。そして言ってあげられるのはただ一つ、『任せてみたら』だけれどいいの?」


「まさかそのつもりで俺を紹介したとでも……?」


「ええまあ、そういうことになるわね」


 アリスフィアとのやり取りに、ジラルドは相変わらずにこにことしていた。

 俺は二人の様子にたまらず立ち上がる。


「落ち着けよ、二人ともどうかしてる。まだ信頼関係すら築いてないのに店を任せるだの任せないだの、そんな重要なことをよく言えたもんだな」


 頭を掻きながら一息で吐き出した。


「では、信頼関係があればやって貰えると。そういうことかな?」


 と、ジラルド。


「いや、やるかどうかもまた別の話だろう」


「そこは一旦置いておくとして……まずは僕らの話から聞いて貰う必要があるね」


「ああ、事情くらいはな」


 俺は再び椅子に腰掛ける。


「この店は僕の父親の時代から街とともに成長を続けてきた。どんなに辛いことがあっても、ここに居る時だけは誰もが笑い合い、時には励まし合うことで人同士の繋がりが広がっていったんだ」


「前話したとおり、お酒の供給が断たれてからはお店としての体が為せなくなってしまったの。もちろん街の人や私達冒険者も支援を惜しまなかったのだけれど、結局は立ち回らなくて……」


 ジラルドに続いたアリスフィアはどこか悲しそうだ。


「この街にとってここにはなくてはならないものがあった。二人はそれをもう一度、皆のための憩いの場として復活させようとしている。そういうことだな?」


 俺が視線を向けるとジラルドは大きく頷いた。


「ああ、それで相違ないよ。理解してくれてありがとう」


「見上げた信念じゃないか。でもそれはあくまでもあんた達が為すべきだろ。そうだ、俺が酒の仲介役になればすぐにでも店は開けるんじゃないか?」


「それも考えてはみたのだけどね。僕はもう君に託すつもりでいるんだよ」


「またそれかよ。そうまでして俺にこだわる理由はなんだ?」


「決め手は君の瞳だよ」


 俺はぎょっとしてジラルドから視線を逸らす。


「……なあアリスフィア、もしかしてジラルドは俺を口説いてるのか? それともまた俺の知らない含みのある言葉か?」


「これが求婚だったら少し興味があるけれど……?」


 彼女は口に手を当ててくすくすと笑った。


「変なとこに食いついてんじゃねえよ。おいジラルド、今のはどういう意味なんだ?」


「目を見ただけでわかることもある。酒場においては観察眼が何よりも重要な素養だからね。先日の受け答えといい、自分で気付いていないのかもしれないけど君は本当に心の真っ直ぐな人間だ」


「それはこれまでの経験によるものか? いや、でもな――」


 明確な答えを出せず俺は言葉に詰まってしまった。


「クレハ君は何に引っかかっているのかな?」


「仮にだぞ。俺が店を引き受けたとして、そのあとすぐに潰したり最悪夜逃げするかもしれない可能性をどう見てる?」


「そうなってしまったら、まだその時ではなかったと一旦諦めるだけだよ。すべては僕の責任においてしたことだからね」


 彼の潔さに言葉が出ないまま時間が経つ。

 その俺の様子を見たのかジラルドは言葉を続けた。


「でもね、確信しているからこそ声を掛けたつもりだよ。この店は亡くなった父と僕の夢そのものなんだ。そして君という人柄と君の酒ならば再び盛り立てられるだろう。これはオーナーとしての勘が言っているんだ」


「クレハ。私としては無理にとは言えないけれど、一度時間を掛けてじっくり考えてみて欲しいの」


 二人は立ち上がり深く頭を垂れた。

 こんな馬鹿みたいな話があるだろうか。

 お人よしにも程がある。

 だがそうまでさせてしまって、期待されているのがわかった以上俺にもできることがあるはずだ。


「わかった。わかったから、頭を上げてくれ。ただし俺からも条件を提示させて欲しい。何もせずにすべてを提供してもらおうだなんて微塵(みじん)も思ってないからな」


「それは商人としての意地?」


 アリスフィアが俺に尋ねた。


「いや、ただの俺の我侭だ。必ず頭金となるものを用意するから少しだけ待っててくれないか」


「その暁には引き受けてもらえるのね?」


「ああ、商人に二言はないと約束するよ」


 店の外に一人出て宿へと戻る。

 ふと振り返るとジラルドはずっと手を振り続けていた。

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