第6話 過去は過去でしかない
「グレディアンさん、どうもご無沙汰しています」
工房に入った途端ジラルドはぺこりと頭を下げ、グレディアンは両手を広げて彼の前に立った。
「おうおう、久しいな! 店が潰れてから……おっと」
グレディアンははっとした様子で咳払いをし、
「もうかれこれ何年振りかね? 本当によく来てくれた!」
直後お互い満面の笑みで握手を交わした。
「なんだ、二人は知り合いなのか?」
俺のその問いにジラルドが口を開く。
「彼は父の代からの顔馴染みでね。うちの調理器具や施設なんかは、ほとんどこの店のお世話になっていたんだ」
「そういうことよ! しかしこの状況で顔を見せたということは、ただごとではあるまい?」
グレディアンは腕組みをすると真剣な表情を俺達に向けてきた。
「察しがいいな。先の襲撃を受けてなんだが、この工房のように店を強化できないかと思ってるんだ」
俺がそう返すと彼の表情は険しくなった。
「つまり先手を打つというわけだな。しかし、例の鉱石『ドラグミスティカ』はそうそう手に入らぬ代物ゆえに」
言いよどむように髭をいじりだすグレディアン。
「どこかから採掘するなら時間と手間は惜しまない。その場所を教えてくれないか?」
「いや、モノ自体は確保しておる。率直に言えば対価となるものが必要となるのだ」
「つまり金ってことだよな。参考までにどのくらいかかるんだ?」
「現状2000万ゲルタほどで取引されている。だが、ジラルド殿とは少なからず縁がある。ここは一つ半値で譲ろう」
「それはありがたいな。さすがにすぐに用意するのは難しいが……当てを駆けずり回ってみることにするよ」
「ふう、思った以上に高値のようだね。僕から出すことができるのはその半分だ」
ジラルドは背負った荷物から大きな袋を取り出し、縛ってある口を開けた。
その中には大量のゲルタが入っている。
「それ売り上げじゃないよな。なあジラルド、そんな大金どこから用意したんだ?」
「これは以前より街の人達から受け取っていたものだよ。いざという時に使って欲しいと託されていてね」
「なるほど。そのいざが今であると言うわけか! さすがにジラルド殿の心意気を無下にはできまい?」
グレディアンは楽しげな様子で豪快に笑ったあと、俺に視線を向けてきた。
まるで断るわけじゃないよな、と言わんばかりにだ。
「ああ。だったら残り半分を俺が必ず用意してみせる!」
ジラルドはどこまでを見越してここまでついてきてくれたんだ。
それを思うと胸が熱くなり、俺は勢いのまま店を出ようとした。
その瞬間重たい扉がひとりでに開いた。
「話は聞かせていただきました。商会が……いえ、わたくしが個人として残りを出しましょう」
そこには腕組みをしたシアが立っていたが、相変わらずいつものような覇気を感じられない。
俺はそれを制しようと声をあげる。
「待て、どうしてお前がそこまでする必要があるんだ?」
「クレハ様は仰いましたわね。魔族とやらをどうにかしてくださると。でしたら、そのあなた様を支援するのは至極当然のことですわ……!」
「それとこれとは話が別だろう」
「これを然るべきところに見せればわかります。それではごきげんよう」
シアは一方的に重みのある宝石のようなものを押し付けると去ってしまった。
「今の女性は商会の……」
背後からジラルドの呟く声が聞こえ俺は振り返る。
「あんたにとってはあまりいい気はしないだろうが……。俺からすればライバルみたいなもんでな」
「変に気を遣わなくていいよ。過去は過去でしかない。なにを隠そう、僕は君と出会ってからそれがようやく理解できたのだからね。それに、彼女は今被害者だ。あそこまで追い詰められて気の毒に思っているんだよ」
その表情からは、そうであって欲しいという俺の勝手な願望込みかもしれないが、嘘偽りのないだろうことはわかる。
「ジラルド……」
「クレハよ、それを見せてみるがいい」
グレディアンは言いながら俺の手にした宝石を指差している。
そのまま手渡すと、彼はそれを光に透かすように高く掲げじっと覗き込んだ。
「驚いたな。これ一つで500万の価値がある代物とはな」
早いうちにこちらの店を万全にしておくのが先決だろう。
今後起こりうる展開についてしばらく考え、俺は一つの結論に辿り着いた。
「グレディアン、それとさっきの500万を支払うよ」
「ならば覚えておけ。これは魔法鉱石でな、任意の場所に取り付けるだけで全体に作用する」
彼から対価としてドラグミスティカを受け取る。
「設置は誰でもってことか。ああそれから、これの採掘場所を知りたいんだが教えてもらえないか?」
「繰り返しになるがそうそう採れはしないぞ? 運が悪ければ生涯お目にかかれないほどの逸品よ」
「構わないさ。それでも今後必要とする奴が一人待ってるんだからな」
そうして俺はジラルドとともにルーグロエの店へ舞い戻った。




